恋するウサギ


天国の桃源郷。照りつける太陽を避けるように桃の木の下で休む一匹のウサギは、耳を背中の方に倒しリラックスしている。
薬剤師の見習いである彼女は、もうすぐ晴れて薬剤師になることができる。
もう少しだ、と休憩しながら聞こえてくる足音に耳を反応させた。

漢方薬局にはたくさんの人が来る。
店主である白澤の人柄の良さや、女性に対する接客が受けているのだろう。
もちろん、漢方医としては最高の医者だ。だからこそ彼女も白澤の下で薬剤師の勉強をしている。
近くなった足音がピタッと止まった。

「おや、サボりですか?」

いけませんね、とウサギを抱きかかえるのは地獄の鬼神、鬼灯だ。
ウサギは驚いたように顔を上げ、その手から逃れようと身を跳ねさせた。
しかし優しく体を抑えられ、それは叶わない。

「サボってた罰としてもふもふされなさい」

鬼灯はそう言ってウサギを抱きかかえながら歩き始めた。
今日は頼んでいた薬の受け取りに来たのだ。

ウサギは「サボってないのに」と思いながら、腕の中で大人しくした。
ちょうど店に戻ろうと思っていたところだ。運んでくれるならありがたい。
鬼灯は店のドアを開けると、いつものように声を上げて中に入った。

「薬を渡しなさい」
「それが貰う態度か!!」

間髪入れずに白澤の言葉。相変わらずの仲の悪さである。
桃太郎はいつものことだと最早突っ込む気もないらしい。
白澤は薬を取り出しながら、鬼灯の抱えているウサギに気がついた。

「なんでお前ウサギ抱えてるんだよ」
「あぁ、サボっていたので」
「いや、その子はサボらない優秀な見習いだよ」

見分けがつくんですか、と鬼灯はウサギを目の前に掲げてじっと顔を見る。
ウサギはピクピクと耳や鼻を動かし、同じように鬼灯を見つめた。

「そして、その子はもうすぐで見習い終了」
「そうなんですか。やっとここから出て行けるのですね」
「なんだよ、ここの居心地が悪いみたいに言うな!」
「事実です。ねぇ?」

ウサギはピクッと耳を揺らし、首を傾げた。
白澤は「ほら」と自慢げに頷いている。

「さっさと代金払って帰れ」
「言われなくても帰りますよ。あ、ありがとうございました。他のウサギとは違ってふわふわしていて気持ち良かったです」

鬼灯はウサギをカウンターに乗せて頭を撫でる。
首を竦めて目をパチパチと瞬かせ、ウサギは気持ちよさそうに丸くなった。
白澤はしっしと薬の入った袋を手渡し、鬼灯を追い払う。
名残惜しそうにふわふわの毛から手を離した鬼灯は、桃太郎にだけ挨拶をして出て行った。

「ホントむかつく奴だなぁ…」
「いつものことじゃないですか。でも今日は静かでしたね」
「毎回ウサギを抱えさせよう」

きっとウサギを抱えて癒されていたんだ。思えば鬼灯は動物好きだ。
今度からそうしよう、と提案する白澤に、桃太郎は苦笑で答えた。
そんな話を聞きながら、ウサギは今日の報告を白澤に済ませて薬の調合を始めた。

「でも名前ちゃんも大人しかったね。アイツ怖いし怯えちゃった?」

白澤のからかい口調にウサギ、名前はその手を止める。
何かを言いたそうで言いたくなさそうな、なんともいえない表情。
尤も、表情を読み取れるのは同じウサギか白澤くらいだろう。

「あの……」

小さく声を上げた名前に白澤は首を傾げる。
恥ずかしそうに照れる姿に、白澤はピンと来た。
それから苦笑いを浮かべ、なにやらうんうんと頷く。

「まぁ、そうだよねぇ。アイツも意外とモテるんだった。名前ちゃん、惚れちゃった?」

ピン、と体の毛を逆立たせるのは、それが図星だからだろう。
名前はそれを取り繕うように調合の手を元に戻した。
しかしそれは既にできているもので、今更かき回しても意味がない。
動揺しているのだ。

「鬼灯さんはかっこいいですからね…白澤様と違って誠実そうだし」
「桃タロー君、ちょっとこの薬飲んでみない?」

思わず零れた本音に白澤は怪しい小瓶を取り出した。
桃太郎はすみませんと顔を引き攣らせて丁重にお断りする。
それを見ながら、名前は急に現れた気持ちに困惑していた。

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