不器用な愛情表現


「名前、どこに行くんですか」
「鬼灯様…」

名前を呼ばれて振り向いた名前は、鬼灯の手にあるものに苦笑いを零した。
ついさっき話していた男獄卒が泡を吹きながら死にかかっているのだ。
そんな名前の視線に気がついた鬼灯は「あぁ、これですか」と、ドサッとその獄卒を床に放り投げた。

「名前のことを変な目で見るから悪いんです」
「変な目って…」
「おや、自覚なしですか。困ったものですね」

やれやれ、とため息を吐く鬼灯に、名前もため息を吐いた。「また始まった」と。
付き合い始めてから、いや、付き合う前から鬼灯は名前に過保護なのだ。
名前と長く会話した者は確実に制裁に遭う。そんな噂まで立っている始末。
案外間違いではないが。

「名前と――したいとか、――して――とか。そういう目で見られてるんですよ?」
「わかりましたから大きな声で言わないでください!」

とんでもなく恥ずかしいことを無表情で並べられた。しかもその声は廊下に響いている。
名前は顔を染め、まだ何か言おうとしている鬼灯の口を精一杯手で塞いだ。
しかし鬼灯はその手を振り払い、名前に顔を近づけた。

「口を塞ぐなら手ではなく……こうですよ」

ちゅ、と唇が重なる。廊下のど真ん中で堂々となされる行為に、名前はさらに顔を染めて俯いた。

「で、名前はどこに行くんですか?浮気ですか?」
「しませんよ!」
「えぇ、そんなことがあれば相手の男を社会復帰困難になるまで痛め付けます」

仕切りなおした鬼灯は無表情で尋ねる。
そしてその物騒な言葉は冗談に聞こえない。いや、冗談ではないだろう。
名前は笑えなくて、引き攣るような顔になってしまった。私の行動で人が死ぬ、と。
そんな名前に鬼灯は返答を待っている。どこに行くのか。視察はないはずだと目が言っている。
名前はまずい、と手を後ろで組みながら慌ててにっこり微笑んだ。

「どこ行こうとしたのか忘れちゃいました」
「……」

不服そうな鬼灯の顔。確実に何かを隠している名前。
視線が交わり、名前が先に逸らしてしまった。

「隠し事はよくないですね。誰に会いに行こうとしてるんですか?」
「別に会いに行くとかそんなんじゃないです」
「何かを隠していることは認めましたか」

う、と名前は言葉に詰まった。鬼灯の視線が一段と鋭くなる。
声も心なしか低くなったような気がする。

「言いなさい」
「どこでもいいでしょう?私の自由です」
「そうですか…」

バッと握られたのは名前の手首。持っていた携帯が鬼灯の手の上に落ちた。
しまったと取り返そうとするが、鬼灯に敵うはずもない。
鬼灯は携帯を開くとメールを確認し始めた。パスワードなんかつけててもすぐに解除されるのだ。
名前は「やってしまった」と頭を抱え、そのメールの相手である天国の漢方医に、心の中で謝った。

「なんであなたがこいつとメールしてるんです?というかなぜ番号を知ってるんですか」
「相談に乗ってくれてて…なぜか番号が入ってたので」

鬼灯は苛立ちを隠せないまま、すぐに白澤の番号を消去し、名前のアドレスを変更した。
ついでに登録されている男性の番号も削除される。
名前は諦めた顔でそれを見つめる。なにも今回が初めてではない。
わざと女性名にしても、鬼灯には見破られてしまうのだ。

「アイツには絶対近づくなって言いましたよね?相談なら私にすればいい」
「だって……」
「だって?」

冷たい視線が名前を見下ろした。だが名前も負けじと見つめる。
名前にもどうしても言えない事情があるのだ。
それをわかって欲しいと訴えるが、鬼灯は知ってか知らずかそれを受け入れない。

「なんで鬼灯様はそんなに私を縛るんですか?」
「嫌ですか?縛られるのは」
「…わからないです。鬼灯様は私のことを大切に思ってくれてますから」

鬼灯は名前を抱き寄せた。不機嫌で口調も冷たいのに、抱きしめる腕は優しかった。
これだから名前は嫌だと言えない。鬼灯が自分のことを好きだと知っているから。

「嫌なんです。名前が離れる心配じゃなくて、他の男が名前を好きになるのが心底気に食わない」

耳元で呟かれる言葉は刺々しい。今まで絞めてきた男たちを思い出したんだろう。
名前は初めて聞く鬼灯の感情に、なぜたか嬉しい気持ちが湧き上がった。
いつもいつも名前のことを気にして、鬼灯自身は何も話さないから。

「醜い感情です。しかしこればっかりは自分ではどうすることもできない」

誰でも彼でも見境なく優しいのは名前のいいところだが、その笑顔を他の男に見せていると思うといてもたってもいられなくなる。
嫉妬なんてただのわがままで押し付けだ。それをわかっていても、鬼灯にはどうしようもできない。

「できるなら、誰とも話せないよう閉じ込めておきたい」
「それはさすがに…嫌ですね」
「それくらい好きなんです。名前のことが」

その言葉が少しだけ優しくなったのに気がつく名前も、鬼灯のことが好きな証拠だ。
どれだけ縛られても名前は鬼灯のことが大好きで、離れたくない。
縛られて身動きができなくなっても、名前は許してしまうかもしれない。
おそらくこれが惚れた弱みというのだろう。

「私も好きです。鬼灯様のこと。だから今まで文句を言わなかった。だけど…」
「…嫌いになりましたか?」
「違うんです。その…私だってたまには鬼灯様の役に立ちたいんです」

名前は鬼灯を見上げると、照れるように顔を染めた。
鬼灯は言葉の意味がわからなくて、しばし思案する。
それでもその意味は理解できなかった。

「本当はできてから言いたかったんです。待ってもらえませんか?」
「私が待てると思いますか?今すぐあの淫獣を地獄に突き落としてやりたい気分です」
「それは勘弁してあげてください」

巻き込んでしまったのは私です。名前は困ったように眉を下げ、迷うように何度か瞬きをした。
鬼灯はじれったいと、急かすように抱きしめる力を強くする。
名前は降参だと口を開いた。

「鬼灯様、最近徹夜続きだから…それによく効く薬を自分で作りたいと思って…」

予想していなかった言葉に鬼灯は一瞬だけ目を丸くした。
確かにさっきのメールには「私にもできますか?」や「自分で作りたいです」など、それを連想させる言葉があったかもしれない。

「心配かけてごめんなさい」
「…本当に名前は優しいですね。薬の作り方なんて私が教えます」
「それじゃあ、サプライズにならないです」
「作ってくれるというだけで徹夜の疲れが吹っ飛びます」

もう一度ぎゅっと抱きしめれば、名前は鬼灯の腕の中に埋もれてしまう。
名前は息苦しさに顔を上げ、それを見越したように鬼灯と目が合った。

「これ以上心配事を増やさないでください。本当に閉じ込めますよ?」
「閉じ込められたら鬼灯様と歩けないです。隣がいいです」
「そういうことを言うから、私を困らせるんです」

優しく触れる唇に、お互いの気持ちが通じ合う。
嫉妬もひとつの愛情表現なのかもしれない。
不器用で下手糞な、相手を想う気持ち。
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