涼しさを求めて


せっかくの休みだというのに外は地獄のような暑さ。ここ地獄だけど。
暑いではなく熱い!と文句を言いたくなるほどで、今日は絶対外に行きたくない。
ついてないなぁと部屋に戻れば、唯一の冷房器具であるエアコンが壊れている始末。
扇風機もないし一番快適な場所が奪われてしまった。

他に涼しいところはと思い浮かべて、執務室や資料室が思い浮かぶ。
しかし最近はエコだの節電だのでエアコンの使用は制限されている。結局だめだ。

「最悪だ…」

思わず零れた言葉に虚しくなりながら部屋を出る。
こんなところにいても暑いだけだ。どこか涼しくて居心地のよさそうな場所は…。
そう考えて、ある場所を思い出した。





「涼しい…!天国だ!」
「……」

ノックもせずに部屋に入れば涼しい空気が私を迎えてくれた。
エアコンの前に立ち温度を下げる。火照っていた体はその風に心地よさを感じる。
そしてそんな私を無言で見つめるのがここの住人、鬼灯だ。

すっごい見てる。いや、睨んでいる。というか呆れてます。
天国じゃなくて地獄ですよ、と突っ込んでもくれないらしい。
ここですぐに金棒や鉄拳が飛んでこないのは、幼馴染という強いステータスがあるからだろう。
ちょっとくらいの押しかけなら許してもらえるようだ。
今日は鬼灯も非番らしく、薬に関しての本なのか難しい文字を読んでいる。休みなのに勤勉だなぁ。
近くの机には冷たそうな飲み物が置いてあって、ついそれに手を伸ばしてしまった。

「一口ちょうだい」
「嫌です」
「ケチ」
「だいたい、人の部屋に押しかけてどういうつもりですか」

迷惑そうな顔をする鬼灯に口を尖らせながらグラスを手に取る。
これはアイスティーだ。いいもの飲んでるじゃないか。
きっといろんな人から貰うお土産のひとつだろう。

「おいしい…!」

わ、またその顔。相変わらず目だけで人でも殺せそうな鋭い視線。
出てけと追い出される前に事情を説明しないと。
朝から不運な出来事をいかにも不幸です!というように説明すれば、鬼灯はやはり呆れたようにため息を吐いた。

「暑くて溶けちゃうから保護してよ。迷惑はかけないからさ」
「既に迷惑です」

人のものを勝手に、と鬼灯は本を閉じて立ち上がる。そして部屋の奥に行ってしまった。
暑かったからしょうがないでしょ…と呟いたところで返事はない。
温かい手をグラスで冷やしていたせいか、中はいつの間にか温くなっていた。
おかわり、なんてさすがにおこがましいなと思っていれば、鬼灯が戻ってきた。
手に持つトレイにはポットとグラス。

「淹れなおしてあげますからください」

鬼灯は私からグラスを取り上げると、持ってきたグラスに新しく注ぎ、手渡してくれた。
カランとグラスとぶつかる氷の音が心地良い。
ありがたく受け取れば、冷たいそれは全身に染み渡り体を内側から冷やしてくれた。

「冷たくておいしい」
「あとは自分で調節してください」

そう言われて視線を落とせば、トレイの上にはガムシロップが乗っていた。
こんなところまで気が利くなんてさすが鬼神様。私は甘いのが好きなのだ。
それにしても珍しいこともある。いつもなら用件を聞いて追い返してくるのに。
なんだか嬉しくてこっそりと頬を緩めれば「気持ち悪い」と吐き捨てられた。

「酷い」
「酷いのはどっちですか。人の休日を邪魔したのですから、それ相応のことはしてくれるんでしょう?」
「鬼灯が勝手にやったんじゃん」

誰も頼んでませんよーだ。
からかい口調で言ってあげようと思ったけど、今すぐにでも手元にある本が飛んできそうでやめた。
さすがにちょっと分厚いしあれがあたると痛そう。それに絶対角で殴ってくるよ。
喉まで出掛かっていたものを適当に誤魔化していると、鬼灯は私の隣に腰を下ろした。
ちょっと近くないですか。広いんだからもうちょっとそっち行けばいいのに。

「それ相応のことと言われても、なにかして欲しいことでもあるの?」
「そうですね…」

暑いんだからそっち行け、と追い払いながら聞けば、鬼灯はそんなの気にせずに考える素振りをしている。
聞いてからちょっと後悔。仕事とか押し付けてきたらどうしよう。

良い案でも浮かんだのか、名前を呼ばれ鬼灯の方を見る。一体何を押し付けてくるのだろうか。
そしてまた近づいてるような。
その理由に気がつけないまま鬼灯を見ていれば、それは私の唇と重なった。
カラン、と先ほどよりも氷の音が響いた気がする。
一瞬の出来事だ。気がつけば同じ距離に鬼灯がいる。

「これで許してあげましょう」

鬼灯はそう言うと、何食わぬ顔で再び本を読み始めた。
私の思考は真っ白で、ここのエアコンも壊れたのかと思うほど暑い。
せっかく涼みに来たのに、これじゃあ逆効果。
それでも私の胸は、最悪な休日も忘れるくらい大きく高鳴っているような気がした。
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -