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ピコンと電子音が鳴ってメッセージの通知を知らせる。キーボードを叩いていた加々知は手を止めてメッセージを開いた。
『お疲れさまです!通話してもいい?』
個人チャットに送られてきたのだと気がついて、いつものだと察知する。加々知は了承すると、すぐに通話が繋がれた。
「進捗どう?」
「今日で目安にしてた行程が終わりそうです」
「そっか、私ももうすぐ終わりそうだよ」
業務の進捗具合を確認するのが挨拶のようになっている。グループチャットで共有してるためわざわざ確認する必要はないが癖になっていた。
同期入社の名前とは部署も同じで、今は担当しているプロジェクトも同じだ。どちらかが残業していると何も言わずに手伝うような、そんな仲である。
リモートワークになってから1年、会社で会う機会も少なくなり最近は用事がなくても通話を繋げている。
「なんか、ずっと顔合わせてないよね。みんなに会えないのもちょっと寂しい気がする」
「毎日顔を合わすのは嫌だとか言ってませんでしたっけ」
「嫌いな上司に会わなくて済むのはいいんだけどさ」
でも、と名前は言い淀む。スピーカー越しに聞こえていたキーボードの音がなくなり、椅子の軋む音が聞こえる。離れていてもなんとなく互いが何をしているのかは想像できる。だが、顔が見えない分、何を考えているかまではわからない。加々知はその先を促すように聞き返した。
「でも、なんですか」
「別に……なんでもないよ」
名前は静かに呟いたあと、またキーボードを叩き始めた。しかしその音はいつもより迷っているような音だった。そこに気がつくのはきっと、こうして通話しながら作業をしてきた二人だからだろう。
加々知はカーソルをカメラボタンへと動かした。
「名前さん、たまには二人でミーティングしませんか。ちょうどアイデアも欲しいので」
加々知のカメラがオンになり名前の画面に表示された。名前が驚いたように手を止めるのがわかる。久しぶりに加々知の顔を見られて名前は不意をつかれた。それも、普段見ることのない貴重な部屋着姿だ。変な反応がバレないよう、名前は一旦マイクを切った。
「名前さんはカメラつけなくてもいいですよ。通話で済むことなので」
いきなりすぎたかとフォローを入れるが、数秒後には名前のカメラもオンになる。初めて使った訳でもないのに、名前は少し緊張しているようだった。
「ねえ、次の出社はいつ?」
「来週の月曜日です」
「そう……あまり一緒にならないね」
残念そうにしているのは声色でもわかるが、表情を見るとよりそれがわかる。みんなに会えないのが寂しいと言っていたときもこんな顔をしていたかと思うと、実際目の前にいないことがもどかしい。
「そろそろ、パソコンを替えようと思っていて」
「え?」
「在宅で仕事していると、スペック的に物足りなくなってきたんです。今度、買い物付き合ってくれませんか?」
加々知は適当に会う口実を作る。飲み歩くわけにもいかないならせめて、無理やり仕事に結びつけてしまえばいい。
加々知の思惑は名前にも通じたようで、名前の顔色が急に明るくなった。
「私、役に立つかな?」
「他の人の意見が欲しいです」
「仕方ないなあ」
嬉しそうにはにかんでほんのりと頬を染める。口元に手を持っていき、にまにまと表情は緩みきっている。
思ったよりも嬉しそうにしている姿に、いつもの様子を重ねる。いつも笑顔は見せるが、こんなに素直な顔は初めて見たかもしれない。
「嬉しそうですね」
思わず呟くと、名前ははっとしたように我に返った。画面越しに目が合い、名前はさらに頬を紅潮させた。
カメラを繋いでいることを忘れていたのだろう。手が届く距離にいたら思わず何かしていたかもしれないと、加々知は平静を保った。慌てる名前はすぐさまカメラを切った。
「後で日程送っておいて!今日はもう通話切るね!」
「まだ繋げたばかりなのに」
「今すごくいい案思い付いたから、忘れる前に書き起こさないと……!」
「どんな案ですか?参考までに教えて下さい」
わざとらしく聞くと名前は言葉を詰まらせる。でたらめ言って逃げようなんて加々知相手には無理な話だ。名前は観念したように小さく呟いた。
「……いじわる」
「すみません、つい」
「今日はもう本当に切るからね」
「ええ、後でチャット送ります」
怒ってはいないようだが、拗ねているようだ。
加々知が引き下がると名前はほっとしたように息を吐いていた。
「じゃあ、またね」
そう言って通話が切断された。
チャット欄には応援するようなスタンプが送信されており、時間を確認するとまだ数時間は業務時間だ。今度の約束のためにも早く仕事を片付けないといけない。一人で黙々とやる業務に飽きていたが、名前の笑顔を見れたことで疲労も回復した。加々知は姿勢を正すと残りの業務に取りかかった。