寝不足なあなたへ


休日出勤も当たり前な第一補佐官はようやくの休みに恋人の部屋へと赴く。職場では裁判の時によく顔を合わせるが、それは仕事の話。プライベートではなかなかゆっくりと会っていないことを思い出して、名前の部屋をノックする。顔を出した名前は、ハッとしたように背筋を伸ばした。

「急ぎの記録ですか?任せてください、数時間で書き上げます!」

着替えてきますと部屋着の名前は部屋の中に戻ろうとするが、鬼灯は仕事を頼みに来た訳ではない。完全に休みモードで来ていた鬼灯は一瞬状況が飲み込めず、遅れて名前に声をかけた。

「違いますよ、今日は……」
「記録の修繕ですか?得意ですよ!」
「いいえ、そうではなくて」
「まさか記録が紛失とかしました!?見つかるまでに応急の記録を」
「話を聞け」

話の噛み合わなさに鬼灯も我慢できずに名前を捕まえる。両腕を掴んで拘束すれば、名前はようやく大人しくなった。
急いでいるんじゃ、と記録課の中でも優秀な彼女はよく鬼灯に頼まれごとをされるため、またそれだろうと思っていた。休日でもこの反応なのだから、いかに頼っているかがわかる。申し訳なさを感じつつも、鬼灯はここに来た理由を説明した。

「今日は非番なので名前さんに会いに来ました」
「ようやくお休みとれたんですか?よかった……こんなところに来てないで休んでくださいよ」
「本当に話が噛み合わないですね。あなたも随分寝てないでしょう」
「寝ようと思ったら朝だったので起きているだけです」

ふあ、と欠伸をこぼせば鬼灯もつられて欠伸を噛み殺した。ついさっきまで仕事をしていたらしい名前は寝不足のハイテンションというやつだった。捕まれた腕をふらふらと揺らしながら楽しそうにすると、部屋の中へと促した。

「で、何しに来たんでしたっけ」
「あなたに会いに来たんです」
「それだけですか?」
「ええ、それだけです」

何も用事がない訪問は久しいからか、名前はあまりピンときてないようだった。ふうん、と働かない頭を傾げると、隣に座る鬼灯に寄りかかった。

「久しぶりですね、こうできる時間」
「そうですね」
「でも私もう限界かも……」

再び欠伸を漏らす名前は目を瞑るとそのまま眠ってしまいそうだ。はしゃぎ疲れた子供のようにぴたりと静かになって、鬼灯のいる安心感に意識はどんどん沈んでいく。おやすみなさい、と鬼灯が呟いたところで、名前は瞼をこじ開けた。

「だめだめ!このままじゃ私が幸せに眠れるだけです!」
「いいではないですか」
「私ばかり満足するなんてだめですよ。鬼灯様にも何か……あ、脱ぎます?」
「やめなさい」

普段はどちらかと言えば真面目で物静かなタイプだが、徹夜が続くと言動がおかしくなることもある。裁判の補助もあるが、基本座りっぱなしで会話もない異質な空間に、精神をおかしくする獄卒も多い記録課で、名前もその犠牲者になりつつあるのかもしれない。

「大丈夫ですか。何日寝ていないんですか?」
「え?三日も過ぎれば逆に元気ですよ。心配性ですね」
「記録課は今度の業務調査の対象としましょう」
「まあ、今回はちょっと風邪とかで課内の人員が足りなくて忙しかったんです。普段はちゃんとローテーションで休んでいますよ」
「主任やあなたは働きすぎだと思いますけどね」
「鬼灯様だってそうでしょう」

ひどい隈、と名前は鬼灯の顔に触れる。いつも休みなく働く鬼灯に、人の心配ばかりしないでほしいと思いながらも、言っても聞かないことを知っているため口うるさくは言えない。名前はそんな鬼灯に短く口づけを贈った。

「お疲れ様です」
「あなたの顔も相当ですよ」
「ぼろぼろですね。今日は大人しく休むことにします?」
「それがいいでしょうね」

ふあ、と何度目かの欠伸をこぼすと、名前は鬼灯にぴたりと身を寄せた。傍にある手を繋ぎながら目を瞑ると眠気はすぐにやってくる。

「おやすみなさい、名前さん」

頭を撫でてやると満足そうにすり寄って、そのうちに寝息が聞こえてきた。しばらく名前の寝顔を見つめていると無意識に欠伸がこぼれる。名前の温もりを感じながら、鬼灯も重い瞼を閉じた。
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