怒りっぽいきみへ


「白澤様!」
「なあに?名前ちゃん」

店のドアを勢いよく開け放った名前はズカズカと店内に入ると、甘ったるい声で返事する白澤へと平手を打ち放った。気持ちのいい音が鳴り響き、何かを察した桃太郎はそそくさと店を出ていった。

「挨拶もなしにいきなり酷くない?」
「顔を見たら我慢できなくなった」
「で……どのことかな?」

心当たりが多過ぎてわからない様子の白澤に名前はイライラを募らせつつ、もう一度叩きたい衝動を押さえてため息を吐いた。振り上げた手が下ろされずほっとしているのも束の間、油断していると耳飾りを思い切り引っ張られるのだ。

「いたいいたいいたい!!」
「千切れてしまえ」
「ちょっと待って、落ち着いて!あれでしょ?妖狐のあの子とデートしてたことでしょ?」
「それは知らなかったなあ」
「千切れる、千切れる!!」

ぱっと手を離すと、耳が無事かと大袈裟に騒ぎ出すのを名前は冷めた目で見つめる。墓穴を掘った白澤は、その場に膝をついて土下座をし始めた。

「ごめん、本当にごめんね」
「何に対して謝ってるの?というか、常習すぎて今さら土下座なんて意味ないわよ」
「どうしたら許してくれる?」
「うーん、まずは鬼灯様に相談して……」
「拷問する気!?」

喜んでタッグを組みそうな地獄の鬼神を思い浮かべて冷や汗を流す白澤は、なんとか名前の怒りを静めようと模索する。手を握っても叩き落とされ、抱き締めようとすれば背負い投げされ、終いには近づこうとするだけで睨みが飛んでくる始末だ。万策尽きた白澤はいよいようなだれてしまった。

「言い訳はしないのね」
「……しないよ。僕が悪いんだから。反省はしてる」
「どの口が言うんだか」

そう言った舌の根も乾かないうちに白澤はすぐに他の女性へ目移りする。浮気に関して随分寛容になった……いや、ならざるを得なかった名前も呆れるほどに、白澤の女癖は治らないのだ。申し訳なさそうに小さくなる姿は反省しているようにも見えるが、数日後にはまた元に戻ると思うと許せない思いもこみ上げる。それでも別れないのは白澤の事が好きだからだ。

「ねえ、私が変?許せないって文句言って叩いて、一度体八つ裂きにされればいいなんて思うのは私がおかしいのかな」
「いや……うん……さすが獄卒の考えだなとは思う」
「どうしてこんな男好きになったんだろう」

はあ、と盛大にため息を吐いて椅子に座ると近寄ってくる白澤に今度は抵抗しない。手を握られながら自問自答をしていると、白澤はすぐ横に椅子を寄せて隣に座った。肩もぶつかる距離に、名前はもたれ掛かった。

「嫌いになったらそう言ってよね。諦められるから。こんな暴力女は嫌でしょう?」
「嫌いになんかならないよ。名前ちゃんの暴力はちゃんと理由があるし、愛があるからね」
「都合がいい頭ね」
「それだけ名前ちゃんのことが好きなんだよ」
「はあ……こうやってろくでもない男にたぶらかされるんだ……」

納得がいかない、と文句を言って白澤の手の甲をつねる。最低男に惚れていることが気にくわなくて、嫌いになれないのが悔しい名前は、眉間に皺を寄せながら笑顔の白澤を睨み付けた。
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