春のかおり


澄みきった空の下、桃の甘い香りに誘われ立ち寄った場所は、漢方薬局極楽満月へ続く道。並木を外れると広がる桃の畑にその人はいた。頭に白い頭巾を被り、背中に籠を背負って、やさしく桃に手を伸ばす姿にちょっぴり嬉しくなる。また会えた、なんてここに来ればいつでも会えるのだけれど。
彼は鬼を退治した英雄で、今は天国で薬学を学んでいる。店主は変わった人だけど、彼は一応尊敬しているみたい。
ふう、と籠を下ろしたのを見て、彼に近づいた。

「こんにちは」

私の声に気がついて彼は振り向いた。同じように挨拶をしてくれて、いつものように世間話が始まる。
自宅への帰り道がここだなんて嘘をついて、本当は遠回りだけど来てしまうこの場所。彼とこうして話している時間が一私の番の時間。
ふとどこからか風に乗って祭囃子の音が聞こえてきて、彼は顔を上げた。

「そういえば今日、向こうの極楽通りでお祭りやるみたいですよ」
「そうなんですか?そういえば、飾りつけをしていたかも」
「ウチの店主は朝から店も開けずにそっちに行きました」
「ふふ、相変わらずですね」

ここに来ることに夢中で気がつかなかったけれど、確かに大きな通りに色んな飾りがあった気がする。
太鼓や笛、舞にご馳走。天国の祭事は華やかで楽しい。彼と一緒に行けたらもっと楽しいんだろうな。
彼はきっと誤解をしている。私が足しげく極楽満月に通うのは店主に会うためだと思っている。女癖の悪い店主はたまに女性と修羅場をしているけれど、それを見た私に「やめたほうがいい」ではなく、「いいところもありますよ」と言ってくれた。私が店主のことを好いていると思って、そう励ましてくれたのだ。
彼はやさしくて、気配りのできる頼れる人。私はそんなやさしさに惚れたのかもしれない。

「行かないんですか?お祭り」
「あ、俺ですか?うーん、一応仕事があるし……今ちょうど仙桃がいい感じに熟してて、収穫してたところなんです。でもせっかくだしこれが終わったら行こうかな」

真面目な彼は店主と性格は真逆のようで、じっくりと考えている。他にも仕事があるのか指折りなにやら数えていた。
私が一緒に行きたいと思っているなんてこれっぽっちも思っていなくて、それはそれで悲しいけれど、そんな鈍感な彼を見ているのも楽しいのだ。
あれとこれと、と考えている彼のいる木の下に腰を下ろすと、彼ははっとして視線を下ろした。

「すみません、一応忙しいんですよ。なのに仕事ほっぽりだしてまったく……白澤様のこと見たら連れ戻してきてください」

きっかけまで作ってくれてやさしい人。でも私の想い人は店主ではない。

「私はここでしばらく休みます。お仕事が片付いたら教えてください」
「え?お祭り行かないんですか?」

話も繋がらず困惑している彼をじっと見つめても、彼は何もわかってはくれない。それなら私から行くしかない。少し恥ずかしいけれど、勇気を出してみるんだ。

「あなたと一緒に行きたいんです」
「え……」

突然のことに驚く彼の目の前に立ち上がる。緊張を紛らわせるように息を吸うと、桃の甘い香りが心を落ち着かせた。

「桃太郎さん、私とデート……してくれませんか?」

恥ずかしくて小さくなった声は風に乗って彼の元へと届く。驚いていた瞳が柔らかく細められて、笑顔で彼は頷いた。
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