こっくりさん 番外


衆合で働かされている名前は今日も針山の上に座っていた。何もしなくとも特徴的な容姿に亡者は集まってくる。
いつ見てもすごい光景だなと思いながら、名前はぼーっと職務に励んでいた。
まさかこっくりさんの自分が拷問の手助けなんて、と自分の手を見つめる。名前を召還した鬼は力を使って欲しいみたいだが、名前は気が進まなかった。
励ましととれるあの言葉は名前に驚きを与え、考え方を崩された気分だった。呪いの力など最初から制御できないと決めつけていた。練習なんてできるような力ではない。けれど地獄(ここ)なら……。
はあ、とため息を吐くと頭を横に振った。

「簡単に言ってくれたけど……やっぱり変な鬼」

亡者に手にかざした手を戻すとぎゅっと握りしめた。また今度、と言い訳をして結局力は使わないのだ。

「名前さん」

考え事をしているうちに衆合の女鬼が話しかけてきた。そろそろ下に降りる頃だろうかと亡者を見るが、女鬼は「違うよ」となにやらにやにやしている。
気がつけば周りに同じように笑う女鬼が集まっていた。

「な、何でしょう…?」

急に入ってきた新人に嫌がらせだろうかと身構える名前だが、彼女たちはそんな気はなく、むしろ名前をどう魅せるかと盛り上がっていた。

「せっかくイイもの持ってるんだから使わない手はないわ」
「名前さんずっと石みたいに固まってるから勿体ないわよ」
「は、はあ……」

何をされるのだろうかと、近づいてくる女鬼たちを見て身の危険を感じる。
彼女たちは亡者誘惑にあの手この手を使う。針山に座るだけでもいくつもの技を持っていた。まさかそれを指南されるのだろうかと、胸元や覗く白い肌を見て後ずさった。

「何をするのかわかったようね。さあ、名前さん」
「なんというかほら、私はこの銀髪ともふもふで頑張って魅力を出しているので、これ以上は無理といいますか……」
「少し緩い感じを出すだけで違うから」

そう言って女鬼は名前の胸元を少し、いやかなりはだけさせた。

「ちょっと……」
「脚もキレイなんだから出さなきゃ」
「髪も少し乱した方がかわいいんじゃない?」
「化粧ももう少し……」

わいわいと女鬼たちが楽しんで名前の魅力を見いだそうとしている。女としてライバルではあるが、その分興味も湧く。着せ替え人形になった気分で名前は抵抗することをあきらめた。
こっくりさんってなんだっけ、と再び考え出したところで「はい!」と指南が終わったようだ。

「これでいいわね」
「素材が良くてムカつくわー」
「本当、羨ましい」

ばしっと背中を叩かれ愛想笑いを浮かべれば、名前は自分の状態を改めて確認した。
片方の肩が見えるくらいはだけた胸元と袴を捲られ見える細い脚。ぼさついた髪とほんのりと赤く染まる頬。テカる唇に、よりいっそう魅力が増す。
はだけて乱された感じが普段と違う淫らな雰囲気を醸し出す。手の位置や顔の角度まで指定された名前は諦めて従っていた。

「こんなことしてていいのかなあ……」

新たな魅力を纏った名前に亡者が我先にと這い上がってくる。そんな光景を見つめながら名前はため息を吐いた。
何度も言うが名前はこっくりさんだ。本来なら恐れられるべき存在なのに、と事情を知らない女鬼たちを見渡した。さすが地獄の鬼だとそのパワフルさに感心するのだ。
鬼灯のことでこういうことは慣れているではないか。どうにもうまくいかないな、と脱げかかっている着物を押さえた。
そんなとき、名前の頭の中にある言葉が聞こえた。

『こっくりさん、こっくりさん』

それは人間がこっくりさんを呼び出したときに聞こえる声。誰かがゲームを始めた合図だった。
頭の中に直接響く声は名前以外の誰にも聞こえはしない。名前はどこかで聞いたことのある声に無意識に意識が引っ張られた。このままでは意思とは関係なく飛ばされる。そう思ったときにはもう遅かった。

『おいでください』

それが合図かのように名前の意識はそこで一旦途切れた。

「名前さん、次は小物とか持って……あれ?」
「名前さーん?恥ずかしくなって逃げちゃったかな」

突然いなくなった名前に女鬼たちは首を傾げるのだった。


***


満開の桜が広がる天国の一角で、鬼灯は懐から紙と十円玉を取り出した。
目の前に紙を広げ鳥居に十円玉を置くと、こっくりさんである名前を思い浮かべた。

「さて、どうなるか」

そう呟くと、こっくりさんを呼び出す言葉を唱えた。

「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」

静かに唱えられた言葉は桜の花びらとともに空へと消えていく。辺りがしんと静まり、一見何もないかのように感じるが、鬼灯にはその静けさに確信が持てた。あのときと一緒だ。
次の瞬間、どこからともなく風が吹き、一瞬のうちにこっくりさんが降り立った。きょとんとした表情の名前は鬼灯の目の前に召還された。

「鬼灯様?」
「まさか本当に出てくるとは」

状況がわからぬ名前は天国のきれいな景色に思わず見とれる。そして目の前の見慣れた鬼を見て我に返った。
自分は今、あの言葉で召還されてしまったのだと。

「何ですかこれ」
「既にとりつかれている状態でやったらどうなるのかと試してみたんです」
「どうして今……」
「もふもふな枕が欲しかったんですよ」

桜の木に寄りかかる鬼灯は昼寝する気満々だ。また自分の尻尾が狙われていると知った名前は咄嗟に尻尾を隠す。しかし大きな尻尾は容易には隠せない。さあ来いと言わんばかりに勝ち誇ったような顔をする鬼灯は、名前を召還したときから気になっていたことを指摘した。

「で、あなたはなぜそんな格好なんですか」
「え……あ、そうだった」

言われて思い出した名前は少しだけ恥ずかしそうな表情を見せた。鬼灯は顔をしかめるもじっと観察した。その視線にたじろいだ名前は急いで露になっている肌を隠した。

「これはですね」
「すみません。タイミングが悪かったですね。しかし昼間からとはまた大胆」
「違います!!」

完全に誤解されたと名前はすぐさま否定した。きゅっと衿元を直し立ち上がって袴を伸ばす。ぼさぼさな髪も手櫛で直すとようやく元に戻った。はあ、とため息を吐きながらさっきまでのことを説明した。

「なるほど」
「あんな格好させられて恥ずかしいというか、なんだか疲れました」
「こっくりさんも衆合の女鬼にはかないませんか」

相変わらずされるがままなのだと鬼灯は面白がると名前を手招いた。

「それはそれとして、ほら」
「……なんですか」
「尻尾」

自分の膝をとんとんと叩きながら凶悪な顔でもふもふな尻尾を所望する姿はなんとも言いがたい。
名前はある意味の身の危険を感じながらその場で動かないでいた。無言の圧力に屈さないようじっと見つめ合っていると、しびれを切らした鬼灯が名前の手を引いた。

「大人しく来る!」
「嫌ですよ……」

尻尾を隠した名前を睨む鬼灯は声を低くして彼女を呼んだ。

「こっくりさん」

その途端一瞬だけ名前の身に緊張が走った。先ほど呼ばれたときに似た、どこか抵抗できないような不思議な感覚に戸惑っていると、その間に鬼灯は名前を引き寄せた。

「何ぼうっとしてるんですか」
「な、なんか……変な感じが」
「何ですか」

もふもふを手に入れた鬼灯は興味無さそうに尋ねる。後ろで尻尾を弄られる名前は今の現象に首を捻りため息を吐いた。

「鬼灯様といると調子狂います。鬼灯様も何か力が使えるんですか?」
「特別な力なんて持っていませんよ」
「取り憑いた人間に呼び出されることなんて今までなかったし、こんな変な感じ始めてです」
「呼び声が聞こえるんですね。どんな感じか私にはわかりませんが、いつもでも名前さんを呼び出せるということですね」
「やめてくださいよ……急に召喚されるなんてごめんです」

それこそ入り用のとき呼ばれたらたまったものじゃない。お風呂に入っていたら?大事な用があったら?迷惑ですよと名前はまた唇を尖らせた。
そんな名前を見て鬼灯は首を捻った。

「呼び掛けに応えて来てくれたのではなかったんですか?」
「……」

そこで口を滑らせたと名前は押し黙った。情報を与えれば活用されるか遊ばれるだけだ。自分の意思ではないと言ってしまえばこっくりさんの沽券にもかかわる。
まずいと後悔しても後の祭り。鬼灯は「ほお」と腕を組み直した。

「主導権はこちらにあるんですね」
「いえいえ!私が鬼灯様の呼び掛けに応えただけで、決してそんなことはありません!」
「そうですよね。あなたがいくらこっくりさんらしくなくても、さすがにそこはこっくりさんらしくありますよね」
「そ、そうです!」

あとに引けなくなった名前は、見透かしているだろう鬼灯に無駄な足掻きを見せる。鬼灯は愉快そうに口の端を緩く吊り上げると、名前の尻尾を抱き抱えた。先ほど「こっくりさん」と呼び名前が見せた反応を見逃さなかった鬼灯は、名前の扱い方を覚えていく。これでいつでももふもふを召喚でき、毛並みを堪能することができる。不気味に何かを企んでいるように見えるが、ただもふもふを手に入れて嬉しいだけだ。
凶悪な顔をして尻尾に顔を埋める鬼灯に、名前はその無邪気さとのギャップに恐ろしくなる。

「鬼灯様こわい」

大人しくしていよう…と抵抗をあきらめた名前はそっと後ろを向いてもふもふしている鬼灯を見る。
目を瞑りどこか幸せそうにする姿を見て珍しいと思うのは、いつも机に向かって眉間に皺を寄せる姿を見ているからかもしれない。動物好きなのを思い出して、少しくらい労いがあってもいいかと名前もつい表情を和らげる。
そうしているうちに、鬼灯は名前の尻尾を抱えたまま眠ってしまった。

「鬼灯様、さぼりですか?」

起きる気配のない鬼灯の頬をつんと触れてみる。すると少しだけ眉間に皺を寄せて尻尾に顔を埋めた。
無防備な姿を見ながら、自分を振り回す鬼に文句こそあれど、「たまにくらい」と鬼灯を起こさず見守った。
桜の溢れる暖かな日差しの中、仕事をちょっぴりサボる二人は、ひとときの休息に身を委ねた。
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