十二時の執務室


「おはようございます。あ、報告書溜まってますね。私が目を通しておきます」

出勤するには少し遅い時間、名前は執務室にやって来ると鬼灯の机の上に積まれている報告書の束を自分の机に置いた。
いつものように机につき書類に目を通す。しかし今日の名前は非番のはずだ。

「今日は休みでは?」
「そうなんですけど、どうもやることが思い付かなくて手伝いに来ました」
「仕事熱心ですね」
「迷惑どころか嬉しいでしょう?」

にこりと微笑むとすぐに仕事の顔になって作業を始める。鬼灯としては名前の言ったように迷惑ではなくむしろありがたいことだ。山のようにある仕事を片付けてくれるなら多少のことは目を瞑れる。そう、隣から熱烈な視線を送られたって気にせずに集中するのみ……なのだが。
あまりにも隣からじっと見られるため、鬼灯は気になって名前に視線を向けた。

「何か聞きたいことがあるなら聞きますが」
「いえ、こうやって仕事をしてる鬼灯様を眺めることも滅多にないので。出勤日だったら「仕事しろ!」って怒られますし」
「仕事を始めてしまえば、容赦はないですよ」
「まあまあ、今日はお休みなので何をしてもいいでしょう?迷惑はかけていないので」

ぴら、と鬼灯に見せた書類はきっちりと終えられていて、仕事をしているアピールをする。
鬼灯は眉根を寄せると呆れたようにため息をついた。

「いいですが、私は集中したいんです。そんな熱烈な視線で見つめられたら気が散ります」
「普段見つめていると怒られるので、こういうときに見ておくことにします」

仕事をする鬼灯の姿はかっこいい。特等席で見ることができるなら、休日出勤だって苦ではない。
にまにまする名前に何を言っても無駄かと諦めた鬼灯は、筆を握りなおすと書類に視線を落とした。

「好きにしてください」

仕事してくれればどうでもいい、と心の中で言い聞かせ、送られてくる視線を気にしながら仕事を始めるのだった。



仕事を始めて数時間。隣からの視線は時間が経つごとに減り、書類に向かって黙々と仕事を捌く姿が見えていた。
彼女も仕事人間だなと感じながら、結局はいつもの風景だ。
そろそろ昼かと時計を見れば、ちょうど時計は長針と短針が十二を指していた。

「もうこんな時間」

どうりで腹が減ったわけだと鬼灯は筆を置きながら隣の机を見る。そうすると、名前は机の上に体を凭れさせて眠っていた。
仕事をしていたのではないのかと呆れながらも、幸せそうに眠る横顔に思わず見とれる。どんな夢を見ているのかと、何を考えているのかわからない彼女に近づいた。

「名前さん、お昼ですよ」

声をかけてみるが起きる気配はない。こんな時間から居眠りして疲れているのはどちらかと、普段「休んでください」と気遣う彼女を思い浮かべる。
じっと見つめてみれば睫毛は長く、ぷっくりと膨らむ頬は薄く赤みが差し、その柔肌はつついてみたくなる。思わず手が伸び、人差し指をそっと名前の頬に触れさせようとしたとき、名前は目を覚ました。手を引っ込めるのは間に合わず、目を覚ましたタイミングで指が触れた。
ぷに、と指が刺さり名前は目を瞬いた。

「鬼灯様?」
「…お昼です」
「あ、はい……」

どうしてつつかれたのかわからず体を起こす。鬼灯は人差し指を見つめると、再びそれを名前に向けた。
伸びをしていた名前に再び指が刺さり、驚いたように首を傾げた。

「なんですか」
「柔らかいなと思って」
「うわ、ちょっと」

ふにふにと頬をつつき、その柔肌を堪能する。つままれるように指を這わされ、名前は少しだけ顔を赤らめた。

「やめてくださいよ…鬼灯様のも触りますよ」
「私のを触っても柔らかくありませんよ」
「でも肌きれいじゃないですか。ほら」

手を伸ばして鬼灯の顔に触れ、彼にされているように頬をつまんだ。やられっぱなしは、と両手で触れれば鬼灯も対抗するように頬を包み込んだ。
互いに互いの頬に触れ見つめ合う。名前はまた少しだけ頬を染め視線を逸らした。

「離してください」
「名前さんが離したら離します」

頬をつまむ名前と、頬を包み込む鬼灯。鬼灯の大きな手に包み込まれて名前の顔色がみるみる紅潮していく。
視線を逸らしても顔の向きは変えられない。自然と目が合ってまた恥ずかしくなる。

「顔が赤いですよ」

鬼灯はわざとらしくそれを指摘した。そしてからかうように顔を近づける。

「ち、近いです」
「さっきまで見つめてきてたのでお返しです」
「あの、手離しますから……」

おろおろとしだす名前に鬼灯はさらに顔を近づけた。唇が触れてしまいそうな距離に名前は思わず目を瞑る。
その表情を見た鬼灯は衝動を抑えきれなくなり、ゆっくりと唇を近づける。その間に耐えかねたのか名前が薄目を開け、鬼灯の切れ長な目と目が合った。
一瞬時間が止まったかのように二人が静止する。鬼灯は我に返ると、慌てる素振りを見せずにゆっくりとした動きで顔を少しだけ遠ざけた。

「……鬼灯様の顔も赤い」
「目が悪いですね」
「視力には自信があります」

素振りを隠しても顔色までは隠せなかったようで、名前は初めて見る鬼灯の表情に心を鷲づかみにされた気持ちと同時に愛おしさを感じた。顔にかかる横髪を耳にかけてやると、鬼灯の表情がよく見えた。
顔を触られるくすぐったさを感じながら、鬼灯はじっと名前を見つめ続けた。さてどうしたものかと次の行動を考える。その間に名前が鬼灯の顔を引き寄せ背伸びをした。
触れるだけの柔らかい感触を残しそれは離れていく。名前の頬から伝わる熱に鬼灯の手が焼けそうだった。恥ずかしそうに瞳を潤ませる姿に鬼灯からも口付けを贈った。

「……手、離してください」
「だから、名前さんが離したら離しますよ」

ふ、と噴出すように笑う名前は、鬼灯の顔から手を離し今度は背中に手を回した。同時に手を離した鬼灯も、名前の細い体を抱きしめる。

「鬼灯様もそんな顔するんですね」
「不覚でした」

楽しそうな名前と不満そうな表情を浮かべる鬼灯。互いに染まる顔を隠して抱きしめ合えば、窓から入り込んできたぬるい風が二人の間を抜け書類をはらりと落としていく。
そんなことにも気づかずに、二人は少しの間そうして互いの鼓動を感じ合っていた。
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -