こっくりさん2


※こっくりさんの起源を創作してます。事実とは異なりますのでご注意ください。


「鬼灯様、私がこっくりさんだって誰かに言いふらしました?」

勢いよく執務室のドアを開けたこっくりさん、名前は鬼灯に詰め寄った。書類から顔を上げる鬼灯は「はい?」と首を捻りその根拠を尋ねた。

「私目立ってるんです!歩いてると人の視線が集まるんです。何かひそひそ言っているし、よく声をかけられます。鬼灯様が何か言ったんじゃないんですか?」

外を出歩くと注目を集めてしまうことが不服なようだ。絶対鬼灯のせいだと言い張る名前に鬼灯は首を横に振った。そんなはずはないと名前は反論する。

「そうじゃなかったらどうしてですか」
「それは名前さんの容姿に問題があると思いますよ」

ペンを置いて腕を組む鬼灯はじっと彼女を見つめた。
まず特徴的なのは耳と尻尾。ふかふかな大きな尻尾はそれだけで視線を集める。そして銀色に輝く髪だ。そんな髪をなびかせて歩いていれば珍しさに目がいくのは当然。そして巫女のような衣装も目を引く。どこかの神の遣いだと思われても仕方ない。

「目立つ要素満載じゃないですか。一つでも目立つのにてんこ盛りですよ」
「そんなこと言われても」
「美少女狐っ子としてアニメキャラにいそうです。カメラ持った人に話しかけられたことないですか?」
「コスプレかって聞かれたことあります」
「とにかく、こっくりさんだと知らなくてもあなたは目立つんです」

そう言われて名前は自分の容姿をくるくると見ている。こっくりさんの世界では普通だが地獄では浮くようだ。

「せめて妖術で耳や尻尾を隠せばまだ目立たないと思いますよ」
「私妖術苦手なんです。だから呪いも人にしかできなかったり」
「そうなんですか」

名前を見ているとどうもこっくりさんという気がしてこない。万能ではないと言ったように、彼女にはできることが限られていた。
しかしそれも彼女の魅力の一つだ。鬼灯は名前を手招きすると尻尾に手を伸ばした。

「ちょっと、何してるんですか」
「おや、思ったよりももふもふで気持ちいいですね」

お尻から生える尻尾は抱き枕にできそうなくらい大きく、その触り心地は格別だ。動物好きとしてはずっと気になっていた大きな尻尾は鬼灯の想像を遥かに越えていた。

「もふもふ……」
「その顔でもふもふとかちよっと不気味なんですけど!」
「酷いですね。この尻尾で昼寝したいくらいですよ」
「なんか鬼灯様のイメージが変わったんですけど…」

傍若無人で人の話を聞かない変な鬼だと思っていたが、意外と可愛いところがある。顔が怖いため意外性が増す。飽きずにもふもふしているのを見ると、動物が好きなんだなと感じさせる。

「狐の姿にはならないでおこう……」

鬼灯には聞こえない声で呟く。完全に狐の姿になれば離してもらえなさそうだと身の危険を感じるのだった。
ようやく手を離した鬼灯にほっとしたのもつかの間、席を立つと名前の尻尾を掴んで背中を押した。

「さ、法廷へ行きましょう。これから裁判です」
「離してくれないんですか?」
「このもふもふが疲れを癒してくれるんです」

ほら歩いて、と後ろでまたもふもふされながら名前は法廷へと向かった。ただ鬼灯に抗議しに来ただけなのに裁判まで付き合わされるとは思うまい。それも尻尾をもふもふしたいという個人的な理由で。

「鬼灯様がわからない……」

取り憑いていなければ早々に逃げ出すのにと残念に思いながらいつの間にか法廷へとついていた。

「あ、鬼灯君。裁判始めようか……って、その子は確かこの前衆合にスカウトした妖狐?」
「ええ、名前さんです。ほら、これが閻魔大王ですよ」
「あ、こんにちは……」
「これって君ね……」

互いに急に紹介され戸惑いながらも挨拶を交わす。こっくりさんである名前も地獄の王を見るのは初めてだったのかまじまじと見つめていた。気さくな閻魔を見るとつい後ろの鬼に目が行ってしまう。
もふもふと尻尾を触る鬼灯のほうが何倍も怖そうな佇まいだ。名前が苦笑するのを見て「何ですか」と語気を強くする鬼灯に、閻魔はクエスチョンマークを頭に浮かべた。

「鬼灯君は何してるのそれ」
「名前さんの尻尾をもふもふしているのです。なかなかの触り心地ですよ。大王もどうです?」
「どうって、ちゃんと許可もらってるんだろうね。一応女性の体の一部だよ」
「ええ、もちろん」
「平然と嘘ついた……」

もはや呆れる名前は楯突くのも無駄だと諦めている。名前の様子に何か悟った閻魔も特に言及することなく口を閉じた。地獄の実権を握っているのは彼なのではないかと、数週間しか過ごしていない名前でも感じることができる。

「さて、裁判を始めましょう」
「私もですか?」
「ええ。今日の亡者に一人、亡くなる前にこっくりさんをしている人がいるんですよ。興味あるかと思って。あ、まさかあなたじゃないでしょうね」
「違いますよ。鬼灯様のことがあってから一度も出てません」

また同じことなんてないとは思っても、厄介なことになったら嫌だとどこかトラウマになっている。
名前は自分を召喚した鬼灯を軽く睨みながら彼の手元を覗き込む。そこには確かにこっくりさんをしたという記録があった。そしてその数時間後に亡くなっていた。

「こっくりさんの呪いだと思ってるんですか?」
「その可能性もあるということです。昔はこっくりさんに殺されたと言う亡者もいましたが、こっくりさんの存在自体あやふやだったので裁判にはあまり加味していませんでした。しかしあなたの話を聞くとこっくりさんも実在すると考えられます。呪い殺されることもあるかもしれないとね」
「そうですか……」
「まあ、どちらにせよ亡者の自業自得には変わりありませんが、私が個人的に興味あります」

彼に興味を持たれたら最後……そんなふうに名前は苦笑を浮かべる。けれど名前としてもこっくりさんをした直後に亡くなっているのは興味があった。
まだ興味本位にこっくりさんをする人間はいて、それを呪うこっくりさんもいる。呪い殺すという特殊な呪いを持っていなくとも、呪いのせいで事故に遭い死亡することもある。
無謀にこっくりさんを呼び出し粗末に扱えばこっくりさんの怒りは人間に向かう。自分の行いのせいで被害を被ったくせにこっくりさんの祟りだとわめく人間を名前は好きになれなかった。
鬼灯の言うようにこっくりさんが原因で死んでしまったとしても自業自得だ。ルールを守らなければその報いが下るのだ。

「いまだにこっくりさんをする人がいるんですね」
「しばらくすると人は恐怖を忘れてしまいますからね」
「恐怖を知りながら実行した鬼灯様はおかしいと思います」
「さて、始めますよ」
「無視……」

ぱん、と手を叩けば法廷に亡者が連れてこられる。亡者は自分が死んでしまったことに悔いがあるのか気に入らないというような反抗的な態度を取っていた。
裁判が始まり閻魔は罪状を読み上げていく。こんな雰囲気なんだなと大人しくしていた名前は、亡者に見られていることに気がついた。
まだ閻魔が話している最中だが亡者は声を上げた。

「そいつなんなんだよ。狐なんか見たくもねえ!俺は狐に殺されたんだ!さっさと俺を生き返らせろ!」

そんな亡者に、待ってましたといわんばかりに鬼灯が食いついた。

「あなたは亡くなる直前にこっくりさんをしていますよね。それで殺されたと?」
「ああそうだ。俺がこっくりさんをすると言ったわけじゃねえよ。それなのに俺だけ死んでるってのはおかしいだろ!」
「なぜこくりさんに殺されたと思うんですか」
「そりゃあ、見たからだよ」

部屋でこっくりさんをやり、途中で怖くなった女性が10円玉から手を離した。まずいんじゃないかと慌てていたところにそれは現れた。
頭に耳をつけ、大きな尻尾を揺らす影が窓に映り、見えた表情は人ならざるものだった。驚いている間に手の痛みを感じ、見てみると見たことのない紋様が手の甲に刻まれていた。
何かの悪戯だろうとこっくりさんをしたメンバーに問いかけるが、皆首を横に振るばかり。
夢でも見ているんだとその場は収まったが、帰る途中に事故で亡くなってしまった。亡くなったあと手の甲の紋様は消えていた。だからこっくりさんに殺されたと思っているのだ。

「絶対許さねえ……もしかしてお前じゃないだろうな!」
「まあ、落ち着いてください。仮にこっくりさんに殺されたとして、自業自得でしょう?」
「あんなのただの噂だろ!まさか死ぬなんて思わねえよ!」

ふざけるな、生き返らせろ、と喚く亡者に名前の表情は曇っていく。こうも直接言われると複雑な気持ちだ。それと同時に人間の愚かさに嫌気がさしていく。
自分勝手にやったくせに理不尽なことが起きると自分を棚に上げて他人のせいにする。

「軽い気持ちでやってはいけない遊びです。そうやって人間がこっくりさんを軽んじるから祟られるんです」

静かに呟いた声が法廷に響く。亡者は苛立つように名前を睨んだ。

「こっくりさんは問いに答えてくれる優しい神ではありませんよ。人間が社を守りその見返りとして人間の声を聞いていたんです。いつしか人間はその神を祀ることをやめました。そのくせ「こっくりさん」を呼び出そうとするんです。礼儀も作法も何もない、ただの道具として使われるようになった神は怒りました。私たちの呪いの力は、その神の怒りによって授けられたものです。愚かな人間に痛い目を見せるための」

名前の冷たい瞳が亡者を捉える。どことなく恐怖を感じるのは、一度こっくりさんに痛い目を見ているからか、彼女の纏う空気のせいか。威勢のよかった亡者は口を閉じると視線を彷徨わせ始めた。感覚だけで彼女がこっくりさんだと気づいたのだろう。
鬼灯は名前を一瞥すると巻物に視線を落とした。

「あなたの死因は転落です。その前に石に躓いています。こっくりさんの呪いがかかっていたとして、それはおそらく直前の「石に躓く」まででしょう。運悪く階段の前で転んだため亡くなったんです」

鬼灯は証拠を見せるように浄玻璃の鏡を再生した。一緒にこっくりさんをしたというメンバー全員が、同じ時間に石に躓いて転んでいた。亡者はそれを見ると力なくうな垂れた。
静かになった法廷で閻魔は裁判を続ける。名前は顔を俯かせながら拳を握り締めていた。


***


裁判が終わり亡者が連れて行かれる。鬼灯は俯く名前に声をかけた。

「お疲れ様でした。なかなか迫力があってよかったですよ。こっくりさんの起源も知れて面白かったです」
「…面白くなんかないですよ。心優しい神を変えてしまったのは人間です。傍に仕えていた私は誰よりも強力な力を授かりました。……私もこの力に呪われているんです」

衆合地獄へ配属になってから、名前は鬼灯の思惑通りとは行かなかった。本当は亡者を呪い殺して欲しかったのだが、名前は力を使うことはなかった。その理由が名前の中にあるのだろう。
名前は鬼灯を見上げると会釈をして法廷を出て行く。鬼灯は閻魔に今のことを他言無用だと言いつければ彼女を追った。


名前の姿はすぐに見つかった。誰もいない廊下で一人座り込んでいた。

「すみません、あなたの事情も知らないのに」
「いいんです。鬼灯様、呪い殺すのってどういうことかわかりますか?」

名前は自分の手を伸ばし空にかざした。隣に腰を下ろしながら鬼灯もその手を見つめた。

「力を使えば簡単に人間は死んでしまうんです。それも性質が悪いから、楽には死なないんです。苦しんで、もがいて、人間は私に懇願するんです。助けてくれ、って」

目を伏せるとその光景が思い出される。始めは人間が憎いものだと思っていたため躊躇もなくできた。唯一「殺す」という力を持っている自分が粛清しなくてはならないのだと積極的に召還されていた。
マナーを破り自分勝手な人間を殺しては褒められた。必死に助けを呼ぶ姿に何も感じることもなかった。

けれど、それは次第に疑問へと変わっていく。こっくりさんに問う内容は様々だ。国家のためなど大きなものもあれば、明日の天気はどうかという小さなものまで。あの人の好きな人は、と幼い子どもが恋心を聞いてきたときもあった。

「どうか無事に終わって」

そう願っても、思い通りにならないことがたくさんあった。形式を守らなければ呪いをかけてしまう。名前の力では上手く呪いをコントロールすることができなかった。
両想いだと知って喜ぶ女の子が、たった少し10円玉から手を離したばっかりに死んでしまった。目の前で苦しむ姿に名前は血が引いていくのを感じた。

何度も人間の元へ下り、悩みなどを聞いてきた名前は人間の情などを知ってしまっていたのだ。あの神が言うほど人間は悪くはない。それでも名前の手では救うことはできなかった。

「私はそれから召還されることを拒みました。無礼な人間を殺すことに何の躊躇いもありません。でも、誰もがみんな悪い人間ではないんです。それを知ってからこの力が嫌いなんです」
「だからあのときあんなにも焦っていたのですか」

鬼灯に召還され、10円玉を離そうとしたときだ。名前は頷くと鬼灯を見上げた。

「形式が好きな神だったから、呪うまで相手に取り憑いたまま帰れなかったんです。人間に取り憑いたまま許したなんて知れたら自分の身が危ない。昔はそうだったんです」
「やはり不自由ですね」
「不自由ですよ。鬼灯様が鬼でよかった。人間じゃないと呪いは効かないし、取り憑いていても仲間に文句は言われない。欲を言えば取り憑きたくなかったんですが」
「名前さんには悪いですが、やはり面白いです。ますますあなたに興味が湧きました」
「私にじゃなくてこっくりさんにでしょう?」

人が悩んでいるというのに鬼灯はあっさり言ってのける。
名前としても昔のことと、呪いに関しては仕方がないと割り切っているところがある。けれど、今日のように言われるとつい思い出してしまう。こっくりさんを甘く見る人間は嫌いだし、自分の力も大嫌い。
誰にも話したことがないのに、つい最近取り憑いたばかりの鬼に思いを話してしまった。どうしてだろうと疑問に思いながらも名前は一息吐いた。
召還されてから変なことばかりだと隣に座る鬼灯に視線を向ける。なにやら考えている素振りに嫌な予感がして、名前はそそくさと立ち上がった。

「名前さん」

しかしその前に捕まってしまった。腕をがっちりと掴まれたと思えば、どさくさに紛れて尻尾をもふもふしている。名前は呆れながら振り向いた。

「…なんですか」
「そろそろその力を活かしませんか。あなたの力は地獄の呵責にぴったりです」
「今の話聞いてました?私はこの力が嫌いなんです」
「嫌いで結構。練習して使いこなせるようにすればよいのです。幸い地獄には身勝手で愚かな人間がたくさんいますから、心置きなく試せますよ」

今しがた話したばかりなのに鬼灯は簡単に言う。何を言っているんだこの鬼は、と名前は鬼灯を睨んだ。しかしそんな睨みなど鬼灯はものともしない。

「あなたがそのままでいいというなら無理にとは言いません。また思わぬところで召還されてうっかり人間を殺してしまえばいいんです」
「なんですかその言い方」
「せっかく人を苦しめられる力を持っているのに使わないのはもったいないでしょう。くよくよ言ってないで少しは努力をしたらどうですか」

名前にはただの嫌味にしか聞こえなかった。ぱっと腕を離して去ってしまう姿に怒りさえ覚えるが、努力をしたらどうかという言葉が頭の中に残る。
確かに今まで何の努力もしてこなかった。呪いの力は自分には大きすぎると諦めていた。他の仲間に疎まれても嫌われても召還に応じることをしなかった。
鬼灯は亡者で試せと言っている。ここは地獄だ。殺したって亡者は何度でも生き返る。つまり、思う存分試して克服しろと言っているのだ。

「……もっとわかりやすく励ましてくれないものかな」

はあ、とため息を吐きながら頭を掻く。手を見つめる名前は、胸の上でぎゅっと握り締めた。
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