宣戦布告


人の少ない食堂で夕食を取っていると、目の前に座る鬼灯様がじっと私のことを見ていた。
口に何かついてるのかなと拭ってみても特に何もついていなく、こぼしているのかと思って身の回りを見てみても特にそういうわけでもない。
じゃあどうして鬼灯様はこっちを見ているんだろう。その視線に耐えかねて恐る恐る口を開いた。

「鬼灯様?ラーメン伸びちゃいますよ」

出来立てのラーメンは手をつけられずにいい香りを漂わせている。箸を持ったまま私を見つめる彼は気がついたように瞬きをした。

「ああ、すみません。私は随分あなたに惚れ込んでいるのだと思って」
「……え?」
「ついあなたを目で追ってしまうんです」

そう言って鬼灯様はようやくラーメンに手をつけた。ずず、と啜る音を聞きながら今度は私が彼を見つめてしまう。
鬼灯様は今とても重要なことを言った気がする。なんでもないようにさらっと言って、私の聞き間違いではないかと思ってしまいそうだ。
固まったままでいると鬼灯様は同じように指摘した。

「ご飯冷めますよ」
「は、はい……」

ただの冗談だろうか。それとも本気だろうか。それにしても何の前触れもなく言うのだから困る。
本気かどうかわからず、ご飯の味も全然わからない。
互いに無言で食べ進める緊張した空間に逃げ出したいくらいだった。

しばらくするとご飯を食べ終え、お茶を飲んでほっとする。
鬼灯様はまだ何も言ってこない。このままごちそうさまと席を立って行ってしまうんだろうか。いつもと変わらぬ表情でお茶を飲む鬼灯様に控えめに尋ねた。

「あの、さっきのって……」
「さっき?ああ、あなたに惚れているという話ですか?」

自分で聞いたけど恥ずかしくて言葉に詰まってしまう。その言い方はやっぱり冗談だったのかもしれない。勘違いするのが恥ずかしくて、誤魔化すように笑った。

「冗談ですよね!すみません、なんかびっくりしちゃって!」
「本気ですよ」

あはは、なんて頭を掻いていれば鬼灯様は真面目な声で言う。
一人だけへらへらと笑っているのが空気を読んでいないようで恥ずかしい。つい私まで真顔になって戸惑うように鬼灯様を見つめた。

「自分でもよくわからないんです。日に日にあなたを見ている時間が長くなって、あれがしたいだとかこれをしたいだとか、欲望ばかりが浮かび仕事が手につかない。いっそ手を出してしまおうかとさえ思ってしまう」

机の上に置いていた手に鬼灯様の手が触れる。反射で引っ込めようとしたけれど優しく握られてしまって逃げられない。
握られた手と鬼灯様を交互に見ていると、私の心音は少しずつ早くなっていった。

「手荒な真似はしたくありませんが……」

そっと触れるか触れないか、肌を掠めるように鬼灯様の指が手の甲を這う。びりびりと背中が痺れる感覚がして思わず息が漏れた。
すると今度はぎゅっと力強く手を握られた。

「じれったいのも嫌なんですよ」

まるで「離さない」とでも言っているように視線まで彼に奪われる。突然のことに頭が働かなくてただ見つめ返すことしかできなかった。

「さて、どうしましょうね」
「ど、どうって……」

搾り出した声は緊張で声が震えている。こんなにも鬼灯様に見つめられて手を握られていれば仕方のないことだと思う。自分でも顔が赤くなっているのがわかった。
鬼灯様はゆっくりと瞬きをすると、私の心の奥を覗くかのように黒い瞳で私を見つめる。ずっと見ていると引き込まれそうだけど釘付けになって離せない。

「あなたが決めてください。じっくり落ちるか、強引に落ちるか」
「っ……私が鬼灯様に惚れるのは決定なんですか?」
「ええ、あの手この手を使いあなたを落として見せますよ」

無表情なはずなのにどこか笑って見えるのは錯覚かもしれない。握られている手から何かが這い上がってくるように、それは私を包み込んで纏わりつく。
感じたことがないくらい胸が高鳴っていて、体全体が熱くなる。こんな目で見つめられたら何も言えるわけがない。

「さあ、どちらがいいですか?」

選択肢なんてあったものじゃない。これは彼からの宣戦布告。拒否も出来なければ逃げることもかなわない。
既に心を奪われかけている私は鋭い視線に射抜かれながら、無意味とわかりながらも逃げ道を模索するのであった。
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