ねえ


「ねえ、鬼灯様」

た、と駆け寄る名前は挨拶もそこそこに「質問です」と声を上げる。
彼女が「ねえ」と言い始めればそれは質問で、それも鬼灯にとってはくだらないものばかりだった。

「鬼灯様の好きな女性のタイプは何ですか?」

また誰かに頼まれたのだろう質問の答えを名前は待っている。
身長は?趣味は?好物は?…彼女は他人の気になる質問をしては、その答えを誰かに伝えに行く。
名前の物怖じしない性格と気のよさに漬け込んで利用されているだけだというのに、彼女は嫌な顔一つせずに笑っている。
鬼灯は質問の答えを考えながら首を捻る。名前がやってきた方向を見れば、廊下の角に本当に答えが知りたいであろう鬼女たちが覗いていた。

「自分で聞きに来ればいいものを」

小さく呟くと名前は聞こえなかったようで聞き返す。答えを言ったわけではないため軽くあしらうと名前を睨んだ。

「また誰かに頼まれましたか」
「いえ、私が知りたいんです」
「後ろでコソコソしているのは違うんですか?」
「え……あ、あれはまあ……ほら、鬼灯様のことはみんなが知りたいので」

情報を共有しているのだと主張する。名前は「教えてくださいよ」と楽しそうに笑い、鬼灯はうんざりしながらため息を吐いた。
まさかあなたです、とは言えるはずもない。彼女の性格のよさに惚れているなど彼女は知らないことだ。

「動物や虫に臆さない人です」
「ありがとうございます!」

適当に答えると、名前は礼を言ってまた廊下を駆け戻っていく。そんな名前の腕を鬼灯は掴んだ。前につんのめる形になって引き止められた名前は驚いたように振り返り目をぱちくりとさせた。

「どうしたんですか?」

引き止めておいて無言な鬼灯に首を傾げながら、掴まれている手を離してもらう。
用が済んだらさっさと帰ってしまう彼女に少しばかりイラついたなど言えるはずもなく、鬼灯は何を言ってやろうかと言葉を探した。
名前は早く答えを彼女たちに伝えたいのかソワソワしなが鬼灯が話すのを待つ。
何もないなら行きますよ。そう言おうとしたところで再び鬼灯に手を引かれた。

「鬼灯様?どこ行くんですか」
「彼女たちなどあとでいいでしょう」
「手離してください。痛いです」

名前の抗議は聞き入れられず、鬼灯は強引に名前を連れ出した。廊下の角から覗いていた鬼女たちを振り返り、申し訳なさそうに合図を送っている名前を部屋に押し込んだ。

「わ、っと……何するんですか……」

迷惑そうに見上げる姿に、さすが物怖じしない性格だなと見下ろす。その鋭い視線に「何かしてしまったかも」と不安になりながらも、名前は目を逸らさずに鬼灯を見つめる。
鬼灯が意味もなくこういうことするとは思っていない。何か理由があるなら話してくれるだろうとそれを待つ。
掃除用具などが仕舞ってある普段獄卒が入らないような部屋に押し込められ、出口も塞がれている状態となれば少しくらい焦るかと思っていたが、彼女は物怖じすることなく鬼灯の言葉を待っている。
いちいち思い通りに行かないのがつまらない。鬼灯は腕を組みながらドアに寄りかかった。

「毎回飽きないですか。興味もない私に質問をしにきて」
「鬼灯様のことを知りたいから聞いているんですよ」
「よく平気な顔で嘘が言えますね。あなたは彼女たちに利用されているだけじゃないですか」

名前は違うとも言えずに言葉を詰まらせる。名前だってそれはわかった上でやっていることだ。

「これくらいのことなら別に利用されているとは思っていません。私だって鬼灯様には興味があるので」
「ないでしょう。あなたは仕事以外では、くだらない質問するときにしか寄ってこないじゃないですか」
「それは……」
「正直迷惑ですよ。ねえ、と声をかけられるたびうんざりします」

誰かの思惑が見え隠れする質問をされても不愉快だった。名前自身が知りたがっている様子が見えればそれはまた別だが、彼女はただ誰かの言葉を復唱しているだけに過ぎなかった。
彼女のことを想っているからこそ、それが余計に嫌なのだ。
鬼灯はつい乱暴な言い方になったのを後悔しながらも名前を見つめる。
面と向かって迷惑と言われ、名前は言い返すのも無駄だと口を閉じた。黙る名前は自分の言葉を持っていないかのように口を閉じたきり何も話さない。
彼女の性格上何か言い返すかと思っていた鬼灯は、何もないとわかると寄りかかっていたドアから背中を離した。

「もういいです。とにかく、迷惑なのでもう他人の質問は」
「ねえ、鬼灯様」

ドアを開けようとした鬼灯の耳にいつもの言葉が入ってくる。またそれか、と振り向く鬼灯に名前はまっすぐな視線を送った。

「好きな人はいますか?付き合っている人はいますか?」
「いいですよ、そういう質問は」
「…どんな人が好きなんですか?……好きな人と何をしたいですか?」

うざんりとした目で見下ろす鬼灯に名前は顔を俯かせた。いつも笑っている彼女が珍しいと見ていると、名前は鬼灯の袂をぎゅっと握り締めた。

「他人の疑問のフリをして好きな人のことを探る女は嫌いですか……?」

名前は唇を噛み締めたまま初めて自分の言葉で知りたいことを聞いた。
自分から聞く勇気はなくて、彼女たちのためだと思うと自然に聞けていた。笑顔で聞くとうんざりしながらも答えてくれるのが嬉しくて、名前は彼女たちから言葉を借りていた。彼女たちの言葉を使えば何だって聞きだすことが出来たのだ。彼女たちを利用していたのはもしかすると名前のほうかもしれない。
名前の質問に鬼灯は一瞬言葉を失う。彼女は上手く好意を包み隠し、興味のないフリをして近づいていた。まさか彼女が自分に興味があるなど思いもしなかったことだった。

「ねえ、鬼灯様……」

名前はいつもの言葉を呟くとゆっくりと顔を上げた。

「鬼灯様のことが知りたいんです。教えてくれませんか…?」

笑ってばかりの名前が縋るような目をして鬼灯を見つめる。本当は自分が知りたいのだというような彼女の意思がその瞳から見えた。
鬼灯は口元が緩んでしまいそうなのを抑えながら、泣きそうな顔で見つめる彼女の頬に触れる。
知りたいのはどちらだろうか。名前のことをまだ何も知らないのだと鬼灯はそっと彼女に近づいた。

「教えて差し上げますよ、いくらでも」

そう耳元で呟くと、そっと彼女に口付けを落とした。
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