酒言葉


クリスマス当日も私たちは残業だった。
でも残業は理由をつけて鬼灯様と一緒にいられるから嬉しかったり。
順調に仕事が片付いていくのがなんだか寂しく、最後の書類を書き終えたところで鬼灯様が顔を上げた。

「遅くまですみません。予定は大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。鬼灯様こそ、一緒に過ごすような人はいないんですか?」
「残念ながらいませんよ」

鬼灯様も相手がいたら仕事なんてしてないだろう。その返事にほっとしながらゆっくりと机の上を片付けた。
仕事の時くらいしか一緒にいる時間がないため、少しでも彼と一緒にいたい。そんな気持ちも知らずに鬼灯様はテキパキと片づけを終え、私が終わるのを待っている。
このあと一緒にどうですか。そんな言葉をかけられたらいいのに、クリスマスの夜に誘うというハードルの高さに私の心は折れてしまう。
最後の道具を机の中にしまったところで、私の心は少しだけ沈んだ。
お疲れ様です、といつものように帰るのが名残惜しくて鬼灯様を見れば、彼は思い出したように手を叩いた。

「そうだ、この間外交先でワインをいただいたんです。一緒にどうですか?」

いつもと変わらない声色で、食堂へ昼食にでも行くように軽く誘われる。
鬼灯様とクリスマスご一緒していいってことなんでしょうか。その事実だけで沈んでいた気持ちが一気に明るくなった。

「いいんですか?私とで……」
「はい。あなたがよければ」
「ぜひご一緒させてください!」

思わず声を上げれば鬼灯様が小首を傾げた。何でもないです、と取り繕えば鬼灯様と執務室を出た。


***


誰も来ない執務室の隣にある応接室。ワインを開ければ、グラスを合わせて綺麗な音を響かせた。
上品な香りが鼻腔をくすぐり、特別な日に二人きりという空間に思わず緊張してしまう。
盗み見るようにして鬼灯様を見つめてみれば、彼はいつもと変わらない様子だった。
グラスを口に運ぶ仕草にでさえときめいてしまいそうで、意識しているのは自分だけなのだと恥ずかしくなる。

思わず見とれていれば目が合って、咄嗟に逸らした先にワインボトルのラベルが目に入った。
よく見てみればかなりの年代物で、こんなに無造作に飲んでもいいものかとつい口に運ぶ量が少なくなってしまう。
こんなにいいワインはもう飲めないかもしれない。しかも鬼灯様となんて……。
そんなときにワインの銘柄にふとあることを思い出した。

「ポートワインって……」

思わず呟けば鬼灯様が首を傾げた。そして私は鬼灯様の顔をまじまじと見つめてしまった。
鬼灯様は相変わらず無表情で、しかし見つめる私の表情を見て、どこかきょとんとしているようだった。
ポートワインの酒言葉は……。
そんなことを考えると心臓が破裂しそうで、けれど鬼灯様の表情を見ているとワインを開けた理由に他意はないように思える。
真意を確かめたくて、はやる気持ちを抑えつつそっと尋ねた。

「鬼灯様、酒言葉って知ってますか?」
「酒言葉?」
「花言葉があるようにお酒にも酒言葉があるんですけど……」

鬼灯様は思い当たったように頷く。もしかして、そういう意味でこれを……いや、まさか。
何も言われていないのに心音が高まって顔が熱くなってくる。
鬼灯様は首を捻りながら顎に手を置いて考える素振りを見せた。

「聞いたことはありますけど、詳しくは知りませんね」

そういうのがあるというのは知っているけれど意味までは知らない。
そう言われ、期待していた心が落ち着きを取り戻していく。
やっぱりそうですよね、なんて心の中で呟いて顔の熱を冷ました。

「あなたは詳しいんですか?」
「詳しくはないですが、ちょっとだけ」
「そうでしたか。勉強不足でした。ちなみにこれの酒言葉は?」

なんとなしに尋ねる鬼灯様に、私は一瞬言葉に詰まった。
期待していたと知られたら恥ずかしすぎる。ちょっとでも「もしかしたら」と自惚れた自分に頭を抱えたくなる。
返答を待つ鬼灯様の視線に耐え切れなくて、私は小さく呟いた。

「わ、私の口からは……」
「言いづらい言葉なんですか?失礼だったらすみません」

恥ずかしさからか再び熱くなる顔を俯かせれば、鬼灯様はどこか申し訳なさそうにしていた。
言いづらくはあるけども、失礼では決してない。鬼灯様が謝ることではないのに……。それを訂正したくて口を開けば、余計なことまで零れ落ちた。

「い、いえ!むしろ嬉しいというか!」

言ってから自分の口走ったことに後悔する。「嬉しい?」とその理由を考える鬼灯様に私は声も出せずに口をパクパクとさせた。
こんなことを言ったら、興味を持って調べてしまうかもしれない。
酒言葉なんて話題を出さずに、私一人で勘違いしていればよかった!
案の定、酒言葉に興味を持った鬼灯様は「調べてみます」と携帯を取り出した。

「あ……!」

知らないで勧めたものを勝手に嬉しいと言って、鬼灯様がその酒言葉の意味を知ったら何と思うだろう。
鬼灯様の手を止めようとしたけれど、一足遅かった。

「愛の告白……ですか」

鬼灯様は携帯を見ながら呟いた。
ポートワインは男性から女性に勧めるとその意味になる。
クリスマスの日にそんな意味のあるお酒を勧められたら勝手に勘違いしてしまうのも仕方ないと思う。密かに彼に想いを寄せていたら尚のこと……。
言い訳を思い浮かべていれば、酒言葉を理解した鬼灯様は顔を上げて私を見つめた。
私は恥ずかしくてその瞳に見つめられたまま、顔を真っ赤に染めて動けなくなってしまった。

どうしよう。「鬼灯様に愛の告白なんてされたら世の鬼女たちはみんな嬉しいですよ!」なんて冗談を言ってしまおうか。
いや、鬼灯様に見つめられてそんな冗談言えるわけがない。
私の真意を探るような瞳に、ただただ心を射抜かれて逸らせなかった。

「期待させたようですね」

いつもより少しだけ低い声が私の心をじわりと侵食していく。
鬼灯様に私の想いを知られてしまった。告白もしていないのに振られてしまったように心が痛む。きゅっと唇を噛み締めれば少しだけ頭を下げた。

「すみません。勝手に喜んでしまって……」
「いえ、知らなかったとはいえ、今日はそういう特別な日でもありますからね」

鬼灯様は至って冷静に言葉を紡ぐ。そこから「何自惚れてんだ」と突き刺されると思うと逃げ出したい気分で、私は体を小さくした。
からかわれたらどうしよう。迷惑だと言われたらどうしよう。そんな思いで頭が真っ白だった。

「それで、嬉しいというのはあなたの本音ということでいいですか」
「は、はい……すみません」
「謝らなくていいですよ」

さらに小さくなっていれば、鬼灯様は空になっていたグラスにワインを注いだ。そして一方を私の目の前に置いた。

「酒言葉の意味を理解した上で、もう一度乾杯しましょうか」

長く綺麗な指がグラスを支える。目を細め私を見据える瞳はまっすぐで真剣だった。
からかわれているわけでも、冗談を言っているわけでもない。期待が外れて冷静になっていたはずの心が再び膨らむのを感じた。
今度こそ本当に期待してもいいのだろうか。自惚れてもいいんですね。
ほら、と急かされグラスを手に取る。小さく共鳴するグラスの音が響き、促されるままグラスを口に運んだ。

「顔を上げなさい」
「嫌です」
「まったく……私はこういうのが苦手なんですよ」

真っ赤な顔を見せたくなくて俯いていれば、鬼灯様はため息混じりにそう呟いた。ワインを貰った外交先に悪態を吐いているようだった。
鬼灯様は頭を掻きながら立ち上がると、私のすぐ隣にぴたりと座りなおした。すぐ近くに感じる体温にさらに体が熱くなって、ますます顔を上げられない。

「とんだ悪魔ですよ。まさか背中を押されるとは」
「ほ、鬼灯様……」

鬼灯様は私を抱き寄せると耳元に口を近づけた。耳にかかる息がくすぐったくて身体が震える。

「酒言葉もいいですが、直接伝えたほうが早い」

まだるっこしいことは面倒だというように、鬼灯様は私の耳元でそっと愛の言葉を囁いた。
その言葉を聞いて、顔を隠すのも忘れて鬼灯様を見上げる。再び黒い瞳に見つめられて心が満たされていくのを感じた。

「……私もです」

そう伝えると、どちらともなく唇を重ね合わせた。
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