溺愛


薬の発注などの話をしていた鬼灯と白澤は、書類のやり取りをするべく執務室へとやって来た。
名前ちゃんいるかな、なんて頬を緩めている白澤に呆れながら鬼灯も名前の姿を探す。
頼んでいた仕事はできているかと聞きたかったのだが、その姿は見当たらない。
すると、足元に小さな子供が駆け寄ってきた。

「鬼灯様、ちょっとお話が」

見上げる表情は真剣だがどこか困惑しているようで、大きな瞳がじっと鬼灯を見つめていた。
鬼灯はその子供を見つめるとしばし思考を巡らせた。どこかで見たことある気がするが思い出せない。ただ無性に心揺さぶられるようなかわいさを持っていた。
黙ったまま見下ろす表情に普通の子供ならば泣き出してしまうだろうが、その子供は怯みもせずに鬼灯を見上げている。
彼女はいつもこの表情を見ているのだ。ひょんなことから子供の姿になってしまった名前は、何も話さない鬼灯を見上げたまま首を捻る。
聞こえているのかなと口を開いたところで、鬼灯の手が名前の頭に伸ばされた。

「鬼灯様?」

無言で頭を撫で回す行為に名前は目を丸くする。わしわしと大きな手が頭を撫で、名前は恥ずかしくなりながら鬼灯の行動に驚いていた。
そんな鬼灯の隣で白澤は名前を覗き込むようにしてしゃがみ込んだ。

「どこの子?かわいい。大きくなったら美人になるね」

白澤の声に我に返ったのか、鬼灯は咳払いをすると頭を撫でていた手を引っ込めた。無意識だったのだろう。鬼灯がこんなことするんだと名前は思わず彼をじっと見てしまう。
鬼灯は軽く名前を睨むと語気を強くした。

「どこから迷い込んできたのですか。子供の来るところではありませんよ」
「あ、私は……」

まさか名前だとは気がつかず鬼灯は咎めるように言う。今度は白澤が名前の頭を撫でると優しく声をかけた。

「大丈夫だよ。名前は?どこから来たの?」

鬼灯の反応から迷子だと思われているらしい。名前は完全に言いそびれたと肩を落とす。このまま話が進んでいけばややこしくなるのは明白。
しかしいつもとは違う鬼灯の熱心な眼差しに言葉に詰まる。なぜ見つめられているのだろうと視線を逸らせば白澤の優しい笑顔が目に入り、名前は視線の行き場を失って顔を俯かせる。
白澤は気に入ったのかまだ名前の頭を撫でていた。

「あの、白澤様離してください。とりあえずお話を……」
「どうして僕の名前を知ってるの?誰かに教えてもらった?」

人の話も聞かずに白澤は首を傾げる。メディアの露出の多い鬼灯の名前を知っているのは不思議ではなくとも、白澤の名前を知っていると疑問に思うものだ。
全部今から答えるからと焦る気持ちを落ち着けつつ名前は口を開く。しかしタイミングが悪いことにまたしてもその機会を失うのだ。
名前の頭を撫で続ける白澤の手を鬼灯が払った。

「お前は触るな。病気がうつる」
「頭撫でただけでうつるかよ。それにそんなもん持ってねえよ!」

なんの病気かは言わずとも、鬼灯のゴミを見るかのような視線に白澤は抗議する。
また言い争いを……と名前は頭を抱えつつ頭の重さがなくなったことに感謝する。
ほっとしている名前を見て鬼灯は真顔で白澤に忠告した。

「さすがに犯罪ですよ」
「子供に手出すわけないだろ」

至極当たり前な返答だが、白澤の性格が性格なため確認せざるを得なかったのだろう。
鬼灯は「まだ常識があってよかった」と言いながら、一つ二つと余計な言葉を付け足していく。そうすれば白澤も反撃するように言葉を重ね、二人の口論が始まる。
小さい子供を目の前に大人が何を言い争っているのだろうか。名前はいつもの光景にため息でも吐きたい気分だった。
それよりもまずは自分が名前であることを伝えなくてはならない。名前は言い争う二人に向かって声を上げた。

「話を聞いてください!」

突然大きな声を出した名前に二人が振り返る。頬を膨らませて怒っているような表情は二人の心に軽いダメージを与えた。
そんなことも知らずに名前はようやく説明を始めた。

「私は名前です。先ほどリリス様からいただいたお菓子を食べたところこの姿になってしまって」

観光に来たというリリスがお土産として持ってきたお菓子。何の疑いもなく食べたところ体が小さくなってしまったのだ。
リリスはその姿を見て説明もしないまま帰ってしまい、名前は何もできずに困っていたところだった。

二人は説明を聞きながら、目の前で小さくなってしまった名前を見つめた。
身振り手振りをして状況を説明する姿。まだ話しなれていないような、たどたどしさが残る声。大きな瞳とちんまりとした小さな体。
聞いてますか!と唇を尖らせる姿に二人は小さく呟いた。

「……リリスさんナイス」
「……リリスちゃん天才」

小さくなってしまった名前に二人は心を奪われていた。

「さすが名前ちゃん。小さくなってもかわいい」
「子供ってこんなにかわいいものなんですね」

大の男二人が名前と視線を合わせるようしゃがみ込み表情を緩ませる。といっても鬼灯の表情は鉄壁なのだが。
子供の姿になってしまった事態に慌てるどころかむしろ喜んでいる二人に名前は頭を抱えたくなった。
元に戻る方法もわからなければ、このままでは仕事もままならない。どうにかして対策を考えたいのだが、目の前の二人は聞いてくれないようだ。

「ふざけていないで、このままじゃ仕事もしづらいですし、元に戻る方法とか……」
「仕事なんて私がやりますよ。とりあえず抱っこさせてください」
「たぶん魔女の薬でしょ?そのうち元に戻るよ」

鬼灯は名前に手を伸ばすとその体を抱え上げた。名前は驚きながら落ちてしまわないよう鬼灯にしがみつく。白澤は羨ましそうにしながら名前の頭を撫でた。

「下ろしてください!頭撫でないでください!」
「暴れないでください。落ちても知りませんよ」
「おい、早く僕に代われよ。抱っこさせろ」
「今私がしてるんです。黙って見てなさい」
「聞いてるんですか……」

名前の声など聞こえていないように二人は名前の取り合いを始めている。
二人はこんなにも子供が好きだったのだろうかと疑問に思いながら、恥ずかしい状況に内心ドキドキとしていた。
体は子供でも中身はいつもと変わらないのだ。抱っこされても子供のように無邪気に喜べる状態ではない。
いつの間にか白澤の手に渡っている体は大きな腕に支えられ、見上げれば温かく見守るような表情があった。いつも女性を口説くものとは違う、純粋に子供をかわいがる表情。そんな表情を見てまた恥ずかしくなるのだ。

人がどんな気でいるかも知らずに鬼灯と白澤は名前をかわいがっている。
あまりにも下ろせというものだから一旦下ろせば、名前は二人に抗議を始める。しかしその姿にでさえ二人は癒されるのだ。

「舌足らずのところがかわいいね」
「短い手足伸ばしてるところもまた……」
「どうして普段仲の悪い二人が意見ぴったりなんですか!」

うんうんと頷き合って名前を観察する。名前は両手で拳を握り締めると唇を尖らせた。

「怒りますよ!」

再び大きな声を出す名前に二人は思わず黙る。さすがにわかってくれるだろうと安心しかけた名前は、白澤に頬をつつかれて困惑する。

「今は何をしてもかわいいだけだよ?」
「本気ですよ」
「ほら、この朴念仁でさえソワソワしてる」

そう言われて鬼灯の表情を見れば、確かにいつもより眉間の皺の数が減っていて、どこかソワソワと落ち着きがない。

「別にソワソワなんてしてませんよ。名前さん、もう一度今の膨れ顔してくれませんか?」
「僕も見たいな」

頬を膨らませて怒った名前に二人は心を射抜かれていた。
何をしてもかわいい姿になってしまう子供の不利な状況に名前は成す術もない。

「二人ともからかわないでください…!」

名前は地団太を踏むように言ってから、ふて腐れるように応接用のソファに座った。
白澤が言ったように時間が経てばそのうち元に戻るだろう。協力してくれないのならそのときが来るまで待つだけだ。
大きく感じるソファの感覚に少し楽しい気分になっていると、名前を挟むように二人がソファに腰掛けた。

「あの、自分で解決するのでお二人はお仕事に戻ってください」
「そんなわけにもいきません。名前さんが子供の姿でいる時間は限られていますから、今のうちにたっぷりかわいがっておきます」
「そうだよ。次にこの姿を見られるのは名前ちゃんと子供を作ったときだけだよ?大きくなったら子作りしようね」

冗談なのか本気なのかわからない白澤の言葉に引く名前を見て鬼灯は白澤の顔面に拳を打ち込んだ。
今の状況でそれを言うと倫理上よくない光景になっている。
ソファの下でのた打ち回る白澤に、鬼灯軽蔑するように白澤を見下ろした。

「子供に向かって何を言うんですか!本当に見境がないですね」
「馬鹿、元に戻ったらって意味だろ!」
「まさか子供にまでそういうことを言うとは……さすがに引きますね」

どう思います?と話を振られた名前は苦笑しながら頷いた。白澤は「違うよ!」と名前の手を取って弁明する。
名前は茶番だなと思いつつ、まだ頭の上で繰り広げられる言い争いにため息を吐く。

そうしているうちにソファのクッション性と両脇に座っている温かさから眠気を呼び起こす。思わず欠伸を漏らせば、眠そうな名前に二人はようやく言い争いをやめた。

「どうしたの?眠い?」
「体が子供だからでしょう。お昼寝の時間ですね」

時計を見て鬼灯はそっと名前の頭を撫でる。そうされると余計に眠気に勝てなくなって、近くにあった白澤の手を抱き枕のように引き寄せる。

「大丈夫です。眠くありません……」

そう言いながらも、うとうとと無意識な行動を取る名前に二人は一瞬言葉を失った。

「どうしよう、かわいすぎて」
「もう一度言いますが犯罪ですよ」
「だからそんな目で見るか。お前こそ鉄壁の表情はどうしたよ。緩んでるぞ」
「緩んでませんよ。適当なこと言わないでください」
「いいや、緩んでるね。眉間の皺が伸びきってる」

再び睨み合い口論が始まろうとしていたが、名前の寝息が聞こえてきて二人は口を噤んだ。
鬼灯に寄りかかり白澤の手を握って眠っている姿は愛らしく、子供はこんなにもかわいいものなのかと二人の心はますます小さな名前に奪われている。

「寝てしまいましたね」
「僕の膝の上に……」
「私に寄りかからせておきましょう」
「おい」

自分の膝の上に誘導する白澤に対抗して鬼灯も名前の体を引き寄せる。
小さな体が行ったり来たりとして名前が小さく唸り声を上げた。

「静かにしなさい」
「僕の手握ってるだろ。名前ちゃんは僕がいいの」
「元々私に寄りかかってましたよ」

起こさないよう声を小さくしても名前は気になるようで、白澤の手を払い鬼灯から身を離す。
おぼつかない足取りで立ち上がるとそのまま反対側のソファへと横になった。
一連のゆったりとした動きを見つめながら、二人はそのかわいさにため息を吐いた。

「何かかけるもの持ってこいよ」
「言われなくてもわかってますよ」

鬼灯は名前が使っているひざ掛けを持ってくるとそっと名前の体にかけてやった。
二人は名前の寝顔を見つめながら癒されるのだった。


***


しばらくして名前は目を覚ました。よく寝たと伸びをして、体が元に戻っていることを期待する。しかし期待とは裏腹に短い手足が視界に映るだけだった。
早く元に戻りたいなとため息を吐く名前は、自分に向けられる視線に目の前を見る。そこには二人揃って携帯を構えている姿があった。

「な、何見てるんですか。二人ともお仕事は……?」

名前がこちらに気づいたと知ると二人はすばやい動きで携帯を背中に隠す。
そして口裏を合わせるように互いに視線で合図を送った。

「仕事の話をしていたんです」
「そうそう、医務室の薬の話」
「今お二人が隠した携帯は……」

携帯を隠したのを見逃していなかった名前はそれを指摘する。けれど二人は動揺することもなく説明するのだ。

「桃タロー君から連絡が入って」
「私は獄卒からの連絡を受けていただけです」
「そうですか……」

シャッター音が聞こえたような気もするが、こうも堂々と嘘を吐かれると自分の見間違いかと思ってしまう。
寝ているときも見られていたのかと思うとなんだか一気に体が疲れたような気がした。
名前はひざ掛けをたたみながら、子供の魅力は素晴らしいなと二人を見上げた。
白澤が子供をかわいいと言うのは想像できるが、鬼灯までもが仕事を放り出し構うとは思いもしなかった。
貴重な姿だろうなあと考えていれば、二人がまた名前を挟んで座りなおした。

「喉渇きませんか?ジュースありますよ」
「ケーキもあるよ」

てきぱきと用意する姿に完全に子ども扱いされていると理解する。
中身がいつもの名前だということをどの時点で忘れているのだろうか。
名前は唇を尖らせながら、喉を潤すようにジュースのストローを咥えた。

「私を子供扱いしないでください」
「子供でしょう」
「中身はいつもの私です」

受け答えはいつもの名前で、しかし外見のせいか大人ぶっているような姿に微笑ましくなる。
フォークを渡せば疲れているせいか甘いものに手が伸びる。
文句を言いながらもされるがままに動く姿もまた二人の心を揺さぶるのだ。

「かわいいなあ。目に入れても痛くないってこのことを言うんだろうね」
「同感です」

微笑ましそうに見守る視線に気がついて名前はフォークを止める。
いつから二人は仲良くなったのだろうか。どこがかわいい、と話し始めれば盛り上がっているようで、名前は居心地の悪さを誤魔化すようにケーキを頬張った。
自分を子供の姿に変えてしまった悪い魔女を思い出しながらため息を吐くと、甘く広がっていくケーキの美味しさについ頬を緩める。

「ケーキ美味しい……」

思わず呟くと二人が急に静かになった。
もぐもぐと小さな口を動かして苺を食べていた名前は顔を上げて首を傾げる。
そこにはだらしなく頬を緩めている白澤と、これでもかというくらい真顔な鬼灯の表情があった。

「名前さん、その笑顔をこちらに向けてもう一度」
「次僕のほう見て笑ってね」

携帯のカメラを起動させ構える二人に名前もついに逃げ出したくなった。
机の上に皿を戻し、ソファから立ち上がれば携帯を握り締める。

「リリス様に元に戻る方法尋ねてきます!」

小さな体を目一杯動かして転びそうになりながらも走り出ていく名前を、二人はシャッターを押しながら見送るのであった。
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