初雪の朝


朝目を覚ましてカーテンを開けると見慣れた景色が一面白く輝いていた。
もうそんな季節か。なんて、昨日見た天気予報を思い出す。どうりで最近冷え込んでいたわけだと、足元からはひやりとした感触が伝わってきた。
冬靴はあったかな。車のタイヤ変えないと。コートにマフラーに手袋、どこに仕舞っていたっけ。
雪が降るとわかっているのについつい準備を忘れてしまう。
お湯を沸かしながら外を眺めていれば、ちらちらと雪が舞い降りていた。

「綺麗」

根雪ではなくすぐに解けてしまう初雪は、冬の訪れを感じさせてどこか切ない。
思わず呟いて見とれていれば、ポットが音を立ててお湯が沸いた。コーンスープを作りソファに座れば、つけたテレビからは雪の情報が流れている。
ガソリンスタンドに車が駆け込んでいる様子が映っていて、恒例だななんて思う。私もあとで行かないと。

体も温まり何をしようかと考えて、今日は休日だったと思い出す。
あの人も休みだろうか。まだ降っている雪を見上げながら携帯を手に取った。

コールの電子音が数回鳴って、聞きたかった声が聞こえてくる。
どうしました、とハキハキとする声の後ろで人の声が聞こえていた。もしかして今日も仕事なのだろうか。そういえば彼は忙しいと言っていた。
初雪が降っているからと電話するのは迷惑だったかな。彼のいるところは雪が降らないって言っていたから、どうしても見せたくて。

「今朝初雪が降ったんです。鬼灯さん、見に来ませんか?」

恐る恐る尋ねてみれば、彼は少し考えたあと「いいですね」と短く答えた。彼はすぐに来てくれるみたいだ。


***


今日のように雪の降る朝、初雪に浮かれて外に飛び出していた私は、近くの公園で彼と会った。
白い雪とは対照的な黒い着物を着た鬼。まだ早い時間で人通りはなく、彼もきっと誰かに会うとは思っていなかったんだろう。
彼は私に気がついて顔を隠すように背を向けた。鬼との遭遇に私は不思議と恐怖を感じなかった。

「雪、綺麗ですね」

駆け寄って声をかければ彼は静かに頷いた。裸足で草履の足元が寒そうだなと見ていれば、彼は空を見上げながらふと呟いた。

「八大には雪が降りませんから新鮮です。八寒とは違って穏やかでとても綺麗です」

そう言った彼の横顔に、私は一目惚れしたのかもしれない。
彼の言っている場所のことはわからないけれど、雪が降らないところに住んでいるのかなと検討はついた。
ずっとここにいたのか、鼻や耳を赤くする彼は少し寒そうだった。

「寒くないんですか?足も真っ赤ですよ」
「そうですね、少し冷えます。まさか雪が降るとは思っていなくて。お迎えも終わったことですしそろそろ帰ります」

お迎えって何だろう。聞きたいけれどそれ以上立ち入ってはいけないような気がして聞かなかった。けれど、彼のことはすごく気になって仕方がない。
彼は身を翻し足跡を引き返すように歩き出す。去っていってしまう彼に私はつい手を伸ばした。ここで別れたらもう会えないような気がした。
袖を引っ張り引き止めれば、彼は驚きもせずにゆっくりと振り向いた。

「あの……温まって行きませんか。うち、すぐそこなんです」

どうにか彼を引きとめようとして口をついた言葉に、彼は少しだけ考える素振りを見せて頷いた。
咄嗟に出した勇気が彼との付き合いの始まりだった。


***


待ち合わせていた公園に行けば、数分して彼がやってきた。
急いで来たのか防寒もせずに、いつかのように足元は草履だけ。寒くないんですか、と聞けば鬼だから大丈夫だと答えた。
それでも見てるほうが寒くなってきて、手袋を片方渡した。

「小さいですよ」
「鬼灯さんの手が大きいんです」

手袋のしてないほうの手を繋いで、ひやりとする手を温める。彼は私の小さな手を包み込むように優しく握った。

「現世はもうすぐ冬ですか」
「これからもっと寒くなってたくさん雪が降りますよ。また雪かき手伝ってくれるんでしょう?」
「暇があれば。あてにされても困りますよ」
「なんだかんだ言って手伝ってくれるくせに」

ぶっきらぼうな彼は私を睨むと呆れたように空を見上げた。
ふわりと白い結晶が降り注いで、雲の隙間から覗く太陽に照らされて輝く。
初めて会った日からどれくらい経ったかなと考えていれば、彼もどこか懐かしんでいるようだった。

「あのとき、鬼がいてびっくりしたんですよ」
「そうには見えませんでしたけど。あなた、鬼だと気がついた上で話しかけてきたでしょう」
「見間違いかと思って」
「一目惚れして私を引き止めたんでしたっけ。まさか人間の家にお邪魔することになるとは思いませんでしたよ」

彼はからかうように言うと白い息を吐いた。
初対面の、それも鬼を家に招き入れる勇気と行動力に彼は思わずついてきたとか。
あのときのことを思い出すと恥ずかしくて、顔を隠すように俯いた。そうすれば彼は少しだけ満足そうに笑うんだ。

「からかわないでください」
「話すたびに赤くなって愉快なので」
「鬼灯さんって意地悪ですよね。Sだって言われたことありませんか?」
「さあ、どうでしょうね。自分がSだなんて思ったことはありませんよ」

無意識だからより性質が悪い。ふてくされるように唇を尖らしていれば、彼は宥めるように私の頭を撫でた。

「あなたくらいですよ、いつでも構わず私を呼び寄せるのは。こちとらあなたと違って忙しいんです。つい意地悪もしたくなるでしょう」
「別にどうしてもなんて言ってないです。忙しいならそう言ってくれればいいんですよ」
「無邪気な声で呼ばれたら行くしかないでしょう。雪が降ったくらいで喜んで、子供のようでしたよ」
「また馬鹿にしてますね!もう、鬼灯さんの意地悪」

ぽんぽんと子供をあやすように頭を撫でられて、彼の前ではあたふたするしかない。
かあっと顔が熱くなって、これでは本当に子供みたいだ。何か言い返そうとしてもどうせ言いくるめられて負けるのはわかっている。
いつものことだと諦めれば、彼は私の肩を抱いた。

「そんなところが好きだから来てるんです。仕事のことなんてどうでもよくなるような、あなたの無邪気さが心地良くて」
「上手く言いくるめられてる気がします」
「本当ですよ。そうじゃないと、人間とわざわざ関わったりなんかしません」

彼がお忍びで来ていることや、私以外に正体を隠していることは知っている。あなたが特別なんです、と言われればもう黙るしかない。
さらに赤くなっていく顔をつついて彼はまた私をからかう。
いつの間にか雪は止んでいて、太陽が顔を出していた。

「さて、そろそろ私は戻ります」

手袋を外しながら彼は懐から懐中時計を出して時間を確認している。
せっかく日曜日なのに獄卒とやらは忙しいみたい。引き止めるのはやめておこうと思ったのに、彼が歩き出すとつい手が伸びてしまう。
あのときと同じように袖を引っ張った。

「……もう少しだけ」

振り向いた彼は考える素振りを見せ、ため息を吐いた。

「三十分だけですよ」

まったく、と言いながら私の手を取って歩き出す。無愛想でそっけなくて、けれど優しい彼が好き。
初雪の降る朝、彼がいるだけでちょっぴり温かい。
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