不器用な二人


お昼休みの食堂は獄卒でごった返し、椅子はどんどん埋まっていく。
鬼灯は定食片手にいつもの場所に座った。そのままぞろぞろと同僚たちが席につけば、賑やか昼食が始まるのだ。
そこでふと鬼灯は一人足りないことに気がついた。

「名前さんは?」
「名前ちゃんなら昼休み中に寝るって言ってたよ」
「寝る?」
「疲れてるみたいだよ。寝不足なんだって」

大きな口でどんぶりを頬張る閻魔は、それはもうフラフラとしていた名前を思い出して伝えた。鬼灯はため息を吐きながら「駄目ですねぇ」と零す。
体調管理も獄卒の基本だが、彼女はどうもそれを怠っている。仕事も特段できるわけでもなく、要領も悪い。
第二補佐官という肩書きを与えている分、鬼灯の名前に対する扱いは若干きつかった。
それでも名前は気にしてはいなく、しかし疲労は溜まるもので休めるときに休んでいるのだ。

「ご飯を食べないと頭が回らないでしょう。まったく……」

名前への風当たりが強いのは今に始まったことではないが、最近の名前を見ていると可哀想な気もしてくる。
彼女は鬼灯の期待に応えようと頑張っているのだがいまいち成果は出ず、鬼灯も力をつけるために敢えて厳しくしている。
しかし周りから見てみれば少々やりすぎで、見かねたお香は箸を止めて提案した。

「少し名前ちゃんに休みをあげたらどうですか?」
「残業時間を減らしたりしてますよ。あれでも一日抜けると大変なので」
「でも…名前ちゃん、相当無理してるわよ」

お香が書類を届けに行ったとき、半分寝ている状態の名前はそれでも笑顔で対応する。
大丈夫かと聞いても大丈夫だと胸を張り、どうしてそこまで頑張るのかと聞けば、鬼灯のためだと言う。

「早く鬼灯様に認められたいんです。ただでさえ贔屓で第二補佐官になったのに、迷惑はかけられません」

名前は頬を叩くと書類と向き合い仕事を続ける。そんな彼女をお香は心配しているのだ。

鬼灯と恋仲になってから名前は仕事にも打ち込むようになった。だがしかし、鬼灯の期待に応えられるほど優秀ではない。
名前も辛いと言えばいいものを、へこたれないから鬼灯もハードルをあげてしまう。結果的に名前は疲労が溜まり悪循環を作っている。

「そうやって甘やかすから中途半端なままなんです」
「でもさあ……名前ちゃん、いつか本当に倒れるよ?」
「そうよ。鬼灯様も名前ちゃんのこと心配でしょう?」

当然心配はしている。自分の恋人が疲れた体引きずって仕事しているのだ。仕事が終わっても寝るだけの状態は好ましくない。
だが、そんな彼女が上司に、恋人に頼らないのが何よりも気に食わない。無理だと一言言えばいいのに、手伝ってくれと言ってくれればいいのに、名前は全て抱え込む。
手を差し出すタイミングを見失ったまま、結局はこんな状態だ。鬼灯は心の中で舌打ちを零しながらご飯を掻き込んだ。

「本当に可愛くない恋人です」

聞き取れるかどうかの声で呟いたそれに、閻魔とお香は困ったように目を合わせた。
鬼灯が一番心配していることを二人は知っている。意地を張って手を差し伸ばせずにいるのも知っている。だからこそこうして助言しているのに、鬼灯は聞く耳も持たない。
お茶を啜った鬼灯は苛立つように席を立つと食堂を出て行った。

「大丈夫かな……」

閻魔はその後姿を心配そうに見送った。


***


仕事途中の第二補佐官の机を見ながら鬼灯はため息を吐いた。
与える仕事は彼女がわからないように減らしていっている。それでも十分に捌けてはいなかった。でき上がった書類を見てみても間違いを発見し、効率が悪いことが見て取れる。
昼食も取らないで寝ている彼女に呆れながら、どうするべきかと考える。閻魔の言うようにこのままでは倒れてしまう。

「意地を張っているのはどちらでしょうね」

名前だって自分を頼らない。子供のような粗末な感情に鬼灯はため息を吐いた。最近ため息がばかりなのは彼女に対してか、自分に対してか。
鬼灯は閻魔殿内にある名前の部屋へと向かった。


よほど疲れていたのか部屋の鍵も閉めずに名前は眠っていた。
傍にあるのは携帯や目覚まし時計。一時間経ったら起きようとアラームをセットしている。それがなければきっと起きないだろう。
死んだように眠る彼女に鬼灯は手を伸ばした。

「無理しなくていいんですよ。もっと私を頼りなさい」

顔にかかる髪を掬いながら頭を撫でる。起きているときに言えたらいいがなかなか言い出せない。
それに彼女はかなりの意固地だ。一度やると決めたものは何があろうがやると決めている。手伝おうとしても、断固「大丈夫です」と断るのだ。だからここまで悪化している。

何をそんなに頑張っているのか、鬼灯には見当がつかない。気がつけば仕事ばかりになっているのは名前のほうだ。
最近ろくに触れ合っていないことを思い出して、鬼灯は彼女の携帯を手に取った。鬼灯はすべてのアラームを切ると名前に布団をかけ直してやる。

「しばらく寝ててください」

魔法をかけるような低い声が部屋に響き、鬼灯はドアを閉めた。
目を覚ました名前はきっと怒るだろう。それでも倒れられるよりはマシだ。


***


昼休みが終わっても帰ってこない名前に閻魔は心配そうに鬼灯に尋ねた。
しばらく起きてこないことを説明すれば、閻魔もなんとなくの状況を理解する。
ようやく休ませる気になったかと、どちらが意地を張っているかわからない二人を閻魔は見守ることしかできない。

「名前ちゃんはちょっと頑張りすぎだよね」
「そうですね。空回りしてることのほうが多いですが」
「これはさ…鬼灯君には言わないでって言われたことなんだけど……」

しどろもどろになりながら呟く閻魔に鬼灯は顔を上げる。
言わないでと言われたことをなぜ言うのか。けれど、そんなことを言われたら気になる。
閻魔は「ワシが言ったって秘密だよ?」と話し始めた。



それは鬼灯が視察に行って閻魔殿にいなかったときのこと。名前は大量の書類を抱えて閻魔の元へやってきた。
お願いしますと補佐官のサイン済みの書類を預け、名前はフラフラと執務室へ戻っていく。それを閻魔は引き止めた。
寝不足なのか目の下に隈を作り、どこか疲れを感じさせる。本人は元気に振舞っているようだが、空回りしているのが疲れている証拠だ。

「大丈夫?鬼灯君いないんだし少し休憩したら?」
「鬼灯様が戻ってくるまで終わらせないといけないので」
「でもさあ……」
「閻魔様こそ今日は裁判が多くて大変だったでしょう。ちょっとくらい休憩してもばれませんよ」

悪戯に笑う彼女に閻魔は苦笑した。もう少し自分の心配をしてほしいものだ。
どうしてそこまで頑張るのか、閻魔は率直に聞いた。名前は首を傾げると考える素振りを見せ言うのだ。

「私はまだ補佐官として未熟です。仕事が遅いのもちょっと寝不足なのも、私が力不足だからです。鬼灯様は気にかけてくれますけど、私は早く鬼灯様の役に立てるくらいの補佐官になりたいんです」
「十分役に立ってると思うけど」
「いいえ。鬼灯様には怒られてばかりです。それに、鬼灯様が仕事をしているのに休むわけには行きません。もっと私が頑張って鬼灯様に少しでも楽をしてもらいたいんです」

照れるように頬を緩める彼女の姿は、尊敬する上司に対しての感情と、恋人である彼への慕情に満ちていた。



閻魔は話し終えると頬杖をつきながら彼女を思い出した。

「名前ちゃんはなんというか…一途っていうの?終始鬼灯君のためって言ってた気がするよ」
「迷惑ですね。自分のこともできていないのに他人のためだなんて」

名前の思いなど聞いたことがなかった鬼灯は、呆れるように吐き捨てた。
彼女がただの獄卒だった頃から何かと「鬼灯様、鬼灯様」と言っていたが、恋仲になり第二補佐官になってもなお言い続けている。
それだけ信頼し好意を寄せているのはわかるが、鬼灯としては自分よりも自身を心配してほしい。

「名前さんは馬鹿なんですよ。周りに気を遣いすぎて自分のことは考えていない。倒れたって自業自得です」
「わしからしてみれば、そういう鬼灯君も同じだと思うけどね。心配ならそう言ってあげればいいのに」
「…言えたら苦労しないですよ」

普段頼られる鬼灯は、自分から手を差し伸べることに慣れていない。不器用な彼に閻魔は笑った。

「鬼灯君も彼女のことになると人並みに悩むんだね」
「馬鹿にしてますか」
「ううん。可愛いところもあるなぁって」

眉間に皺を寄せた鬼灯は手元の金棒を投げつけた。
顔面直撃で倒れる閻魔に舌打ちを零すと、彼女の分も仕事しなければと執務室に篭った。

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