看病


視察の予定も現世への出張もないはずの鬼灯がどこに行っても見つからない。
書類に判子が欲しい名前は、あちらこちらとめぼしいところを探し回って、法廷にやってきた。

「大王、鬼灯様ってどこにいるか知ってます?」
「ああ…八寒地獄に風邪引きに行ったよ」
「かぜひきにいった?」
「病気のね、風邪を引きに」

雑誌から顔を上げて閻魔は苦笑した。
名前は「そうですか」と一度は納得したものの、納得できる内容かと首を傾げた。風邪を引きに行くとは一体どういう考えだろうかと。名前は自分が馬鹿になったのかと疑問符を浮かべた。

「名前ちゃん、そんなに悩まなくても名前ちゃんの反応が正しいから。鬼灯君のほうがおかしいから」
「ですよね……一体どうして風邪なんか引きに?」

名前の疑問に閻魔は持っていた雑誌を見せる。そこには特集として「つらいときの癒し!風邪を引いたときにして欲しいこと」と書かれていた。
名前はその記事を読みながら、あの冷血な鬼を思い浮かべた。もしかして彼は看病をしてほしいのか。その答えにたどり着いた様子の名前に閻魔はさらに苦笑した。

「なんか名前ちゃんに看病してもらいたいみたいで、これ読んで大急ぎで出て行ったよ」
「そうですか……」
「鬼灯君のことだから水でも被って八寒地獄行ったんじゃない?」
「そんなことする馬鹿ではないですよきっと」

ははは、と乾いた笑い声を上げながら名前は笑顔を作った。何をしでかすかわからない鬼灯に、二人は嫌な予感を抱きつつ笑う。
そんな二人の元へ本人が帰ってきた。それはもう全身に雪をつけた…いや、氷を纏った鬼灯の顔色は悪いどころの話ではない。閻魔も名前も驚いて駆け寄った。

「大丈夫!?死ぬよ鬼灯君」
「いや…ちょっと水を被って八寒地獄へ……」
「どうやら馬鹿だったようですね……」

鬼灯はこうしてたまに大胆なことをするから困る。凍える鬼灯はくしゃみをしながら身を震わせていた。彼の希望通り風邪は引けたのかもしれない。
八大の温かさで解け始めた氷は今度は鬼灯の体を濡らす。ふらりと倒れそうになる彼を名前は支えた。

「とにかく体を温めないと。閻魔大王、手伝って……」

ください、と振り向けば閻魔は獄卒の対応をしていた。馬鹿なことをしている補佐官がいるが、今は業務時間だ。
閻魔は顔を上げると困ったように書類と鬼灯を交互に見た。

「えっと…名前ちゃんお願い」
「わかりました」

閻魔が仕事を放り出すわけにはいかない。名前は鬼灯の体を支えつつ急いで彼を運んだ。


***


だるそうな鬼灯は何も言うこともなく大人しく部屋へと連れてこられた。
やりすぎたと自覚しているのか、鬼灯も予想外の効果に頭が痛いらしい。とりあえずベッドに座らせた名前は、その重労働にため息をついた。

「着物は自分で脱げますか?濡れてるので着替えたほうがいいです」
「待ちに待った看病……」
「ちょっと、すごい熱ですよ!本当に馬鹿ですか鬼灯様」

ふらりとする体を再び支える。わざとかどうかはわからないが、名前の胸に飛び込んだ鬼灯はぴたりと動かない。
自分で動くのが本当に億劫なのか、熱の高さが物語っている。名前は困ったように鬼灯をベッドへ寝かせた。

「あの、とりあえず一枚脱がせますよ」

返事もせずに鬼灯は苦しそうに息を漏らした。
名前は鬼灯の帯を解きながら着物をゆっくりと脱がす。なんだかいけないようなことをしている気がして名前は一瞬手を止めた。
熱を帯びた表情と潤んだ瞳が名前を見つめている。目が合った名前まで熱が出たように顔を赤らめた。

「…濡れているから脱がしているだけですよ」
「わかってますよ」

やましい気持ちなどないと言い聞かせて名前は着物を脱がせた。
襦袢まではいいと呟いた鬼灯に名前はほっとすると、妙にドキドキとした胸に手を当てた。その手を鬼灯は掴んだ。

「名前さん、寒いです」
「あ、今温かくなるようなものを…」

とりあえず布団を被せようとした彼女の手を鬼灯は頼りない力で引いた。頼りなくとも元から力のある彼の力に名前も引っ張られてしまう。
鬼灯の胸元へ引き寄せられた名前は、熱の篭る腕の中に収まった。

「ほ、鬼灯様」
「温かいです……」
「これじゃ看病ができませんよ。毛布とか持ってきますので離してください」

慌てて声を上げる名前だが、鬼灯は離す気などないようだ。ぎゅうと抱きしめ、どこか安らいだ表情をしている。
鬼灯の上に覆いかぶさっているような状況に名前は再び頬を染めた。

「鬼灯様……」

相手は風邪を引いているというのに身動きができない。
名前はあの雑誌を思い出して鬼灯に離すよう説得する。

「ご飯作ってほしいんじゃないんですか。身の回りの世話してほしいんじゃないんですか。これじゃ何もできませんよ…」

そう呟けば、鬼灯は腕の力を弱めて彼女を見つめる。熱っぽいその瞳に名前は息を飲んだ。

「そうですね……でも、こうして温めてもらうのもいいです。傍にいてください」

朦朧とする意識の中、鬼灯はそう呟いた。彼に似合わぬ甘えるようなお願い。
名前は顔を隠すように鬼灯から離れベッドを降りた。熱のせいで弱っている鬼灯の顔など直視できるわけがない。
背中を向ける名前に鬼灯は残念そうに布団を被った。ずず、と鼻をすすり咳き込む音に、名前は熱くなる自分の顔を手で冷やす。
名前は意を決して振り向くと、恥ずかしそうに布団をめくった。

「添い寝してくれるんですか?」
「少しだけです。温まったら出て行きますから」

名前は鬼灯の隣に横になり背を向ける。布団を被ればそのまま目を閉じた。

「…できればこちらを向いてほしいのですが」
「それは少しわがままです。恋人同士じゃないんですよ」
「では、今からなりましょう」

弱った体のどこにそんな力があるのか体を反転させられた名前は、鬼灯の熱を帯びた表情に視線を彷徨わせた。滅多に見られないであろう赤くなってる表情は余計に名前をドキドキさせる。
鬼灯は熱をはらんだ唇を名前と重ねた。

「なっ……」

目を見開いて驚く名前を抱きしめながら、鬼灯は今度こそ目を瞑った。
さらに熱を持つ顔を隠したくて、名前は鬼灯の腕の中に逃げ込んだ。
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