裏メニュー
閻魔殿近くに店を構える小さな甘味屋。
常連客は閻魔殿で働く獄卒たちが多く、自分で言うのもおこがましいけれど、獄卒たちの間では密かな人気を誇っている。
そんな小さな店にはあの第一補佐官もやってくる。
「お仕事忙しいんですか?」
「ええ。今日は徹夜です」
店はとっくに閉まっている時間だけど、鬼灯様は構わずやって来る。
私は驚きもせず迎え入れお茶を淹れる。仕事が忙しいときに顔を出すことが多い。
「何か作ってくれませんか。食堂閉まってしまいまして」
「はい。いつものですね」
やっぱり、なんて思いながら肩を竦める。夜食のご注文だ。
私の店は甘味屋なのに、いつも頼むのはご飯もの。それも営業時間外。
作るのも手軽で簡単なおにぎりを、すっかり鬼灯様用になっているお皿に二つ乗せた。
どうぞ、と出せばたまには甘味屋であることを思い出させてみたり。
「うちのメニューにおにぎりはありませんよ。中に団子詰めましょうか?」
「それは困りますね」
そう言いながらおにぎりを頬張る。夜もタイミングを逃して食べていないらしく、その食べっぷりにおにぎり二つなどすぐになくなった。
もぐもぐと口に詰めた米を噛み締め飲み込めば、一分もかからず早いものだ。
「お腹空いてるんですか?」
「ええ。食べたら余計に」
「うちじゃなくて他の店行った方がいいですよ。近所にもまだ開いてるところはありますし」
お茶を啜るのを眺めながら近辺の店を頭に思い浮かべる。しかしこの時間といえば酒を飲むところがほとんどで、ご飯をがっつり食べられるところは思い付かない。
鬼灯様もその結論に至ってここに来たらしい。
「うちに来てもご飯は……作ります?」
「いえ、さすがにそれは図々しいので…」
コト、と湯飲みを机に置けば、それはおかわりの合図だ。空になった湯飲みを受け取りながらまたしても肩を竦めて見せた。
「わかりました。もう……素直に「作ってくれ」って言えばいいのに」
面倒なのか恥ずかしがっているのか。どちらにしても無愛想な彼に望むことではないのかもしれない。
冷蔵庫から適当なものを見繕えば親子丼が出来上がった。
「あと夜に作った味噌汁です。余り物で悪いですが」
「いただきます」
お礼もそこそこに手をつける。豪快に頬張る姿は見ていて気持ちがいい。おいしいと言わなくてもそれが伝わるようだ。
もぐもぐと頬が膨らむ鬼灯様の目の前の席に座ると、その豪快さについ見入ってしまう。
じっと見ていれば鬼灯様は私に気がついて少しだけ手を止めた。
「じろじろ見ないでください」
「なんだか嬉しくて。それに見ていて楽しいです」
「食べづらいです」
ふい、とどんぶりを手に体を横に向ける。見るなと言われても見てしまう。
美味しそうに食べる様子に無意識に表情が緩んだ。
「今度からご飯系も売ろうかなぁ」
ぽつりと呟いた言葉に鬼灯様は空になったどんぶりを置いた。
「それはやめた方がいいですよ」
「どうしてですか?」
「獄卒が溢れ返ります」
「繁盛しそうですね」
腕に自信がないわけではないし、軽食程度のご飯ものならそこまで手はかからない。
いい案だとメニューを考えていれば、鬼灯様は音を立てて湯飲みを置いた。自然と鬼灯様の方へ視線が向けられる。
「ご飯ものはダメです」
「だからどうしてですか?」
視線が交錯し、先に目を逸らしたのは鬼灯様だった。
鬼灯様は立ち上がると大股で店を出ようとする。それを追いかけるように駆け寄れば、鬼灯様は少しだけ振り返った。
「ご飯は私にだけ作っていればいいんです。ごちそうさまでした」
ピシャリと引き戸が閉められ店内が静かになる。
閉められた戸の前で私は何度か瞬きすると、鬼灯様が言った意味を考えて思わず笑みが零れた。
「本当に素直じゃないですね」
こっそりと店から顔を出せば、暗闇に見えなくなっていく後ろ姿を見送った。