出張編 1


いつものように仕事を始めて、いつもより多い仕事量にカレンダーを見る。
今、鬼灯さんは現世の出張に行って地獄を留守にしている。十日間の出張で、家も借りて長く現世に関わるらしく、しばらく地獄には帰って来ない。

十王や各小地獄の主任たちが出席する会議で、現世の様子を知るべく計画されたものだ。
一番出張経験の多い鬼灯さんが選ばれるのは当然のことで、鬼灯さんも「地獄を離れても閻魔庁には優秀な部下がいるから」……とか言うものだから、満場一致で鬼灯さんに決まった。
優秀な部下として名指しされた私の仕事は普段の二倍…まではいかなくとも、結構な量だ。優秀な部下なんて、嫌味言っちゃって、あの能面は仕事を押し付けていった。

そんなこんなで仕事量は増え、鬼灯さんはいなくなっちゃうし、なんだか私にとってはあまりいい出来事じゃない。
別に鬼灯さんがいなくなって寂しいとかではない。仕事が大変という意味であって、隣の机に鬼灯さんがいないのがなんだかつまらない、というわけでもない。
毎日毎日残業が大変だから早く帰って来い!とは思う。
断じて寂しいからではない。

「十日も鬼灯君いないんだよ?名前ちゃん寂しくない?」

だから違うって言ってんだろ、アホ大王め。
鬼灯さんが出張に行って何日が経ったか。閻魔大王は鬼灯さんがいないのをいいことにサボっている。
そのおかげで私は残業三昧だ。ちょっとイラついて金棒が勝手に飛んでいった。故意ではない。勝手に飛んで行ったんです。
仕事が溜まってたらあとで怒られるのは私なんだよ!
予想通りだらだらと仕事をしている閻魔大王は、言ってる傍から暢気にお茶を啜っている。
もう怒る気も失せた。あとで鬼灯さんにちくろう。

「だってさ、新婚なのに十日も家を開けるってさあ、ねえ?」
「新婚も何も、籍を入れただけで特に何も変わってませんから」
「でも一緒に住んでるじゃない。いつもいる人がいないと寂しくない?」
「せいせいします。ご飯作らなくていいですし」
「冷たいなあ…」

そう言いながら閻魔大王は微笑んだ。私が本気で言ってないこと、妙に鋭く察する。無駄に長生きはしていないのかもしれない。
憎まれ口を叩くのはいつものこと。今なら本人がいないから言いたい放題。けれど、言い返して来ないのが少し寂しい。

いや、たった十日いないだけで何を考えているんだ。鬼灯さんもわざと出張に行ったのかもしれない。そう思うと気に食わない。
人に金魚草の世話押し付けて行くんだもん。てっきり電話とかしてくるかと思えば、音沙汰なしだし……。
またあの上司は私をからかって遊ぼうとしている。魂胆はわかってるから、その手には乗るまい。私から電話をかけることがあれば、「寂しくなったんですか?」と言われるのがわかっている。

「その手には乗らない……」
「本当に素直じゃないよね、君ら」
「いいから大王は仕事してください」

釘を刺しても閻魔大王は適当に頷くだけ。午前の裁判が大変だったのはわかってるけど、それでも鬼灯さんがいないんだからちょっとは頑張ってほしい。

「少しくらいさぁ。ほら、鬼の居ぬ間にっていうじゃない」
「鬼はいますよここに」
「わしも残業するから、ね?」
「飲み会とか入れたら本気で殴りますからね」

さっき獄卒と話していたのをばっちり聞いていた。サボるくせに飲み会はする。
閻魔大王は冷や汗を流しながら書類を持って読み始めた。そうそう、仕事してくれたら何も言わない。
私も仕事に戻ろうとして、閻魔大王が私を引きとめた。

「電話してあげたら喜ぶと思うよ。案外現世出張って疲れると思うし」

確かに疲れるだろうけど…現世では正体がばれないようにしなくちゃいけないし、下手に目立たないように気を遣う。でも鬼灯さんはその辺上手くやるだろうし、私が電話したら鬼灯さんの思う壺だ。
気が向いたら、なんて返事をすれば、閻魔大王はまだ話を続ける。ちょっと、仕事再開したんじゃなかったのか。

「もうずっと連絡取ってないんでしょ?鬼灯君、現世でもモテるみたいだし、釘刺す意味でもしたらいいよ。まあ、鬼灯君は名前ちゃん一筋だけど」
「……モテるんですか?」

そういえば、鬼灯さんはかなりモテる鬼だった。
名前、名前と言うようになってから地獄の女性たちは少しずつ手を引いていったけど、まだお熱なファンは多い。そんな鬼灯さんが現世でモテるのは納得いく。
さっぱり髪を短くしてスーツを着こなしていた数日前の鬼灯さんを思い出す。
目つきは悪いけど、見た目は確かにいいほうだ。私はいつのも着物とのギャップに見とれていたけれど、そのギャップがなくとももしかしたら普通にかっこいいのかもしれない。

「デートに誘われたり、告白されたこともあるんだって」
「……そうなんですか」

知らなかった。そんなことわざわざ鬼灯さんは話してこない。それに、鬼灯さんはそういう女性関係は地獄で散々慣れている。別に心配することは無い。
連絡がないのも私をからかうためで、現世で何かあるとかじゃ……。
黙る私に閻魔大王は余計なことを言ったと慌てだした。

「いや、そういうつもりで言ったんじゃなくてさ、連絡とってあげなよっていう意味で……鬼灯君が浮気とかするような鬼じゃないことは名前ちゃんが一番知ってると思うし!」
「浮気……」
「ああ、ええと……変なこと言ってごめん!忘れて!」

ごめんなさい、と頭を下げている閻魔大王は目に入らず、大王の言った言葉が頭の中をぐるぐると回る。
いや、鬼灯さんが浮気とか……。絶対ない、とは思いつつ不安になるのは考えすぎ?だって、鬼灯さんも男だし……。
鬼灯さんが出張に出て七日。閻魔大王はなんていうことを言ってくれたのでしょうか。

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