また、会う日まで


現世の調査という名目で彼女と会うのは何度目か。
潜入した会社の人間に惚れるなど、あの世の住人にとって一番してはいけないことをした。
ただの気の迷いだと気持ちを否定して調査期間を終えた。
しかし、会社を辞職すると言ったときに寂しそうに笑った彼女の表情に、恋をしているのだと確信した。

それから何かあるたびに現世へ行き彼女に会っている。
加々知という偽名を使って、擬態薬で角と耳を隠して。
別の遠い会社で働いていると嘘を吐き、彼女の休みに合わせて現世を訪れる。

はたして閻魔大王はこのことに気づいているのか。
きっとアホのことだから気がついていないだろう。報告書だって偽装は完璧だ。

ただ、彼女に会うたびに彼女に嘘を吐いていることが嫌になる。
本当はこの世の人間ではなく地獄の鬼など、伝えても彼女は受け入れられないだろう。
なによりも人間とは生きる時間が違う。彼女と共有できる時間は一瞬で、彼女はみるみるうちに歳を重ねていく。
そんな彼女とずっと一緒にいることはできない。私は歳を取らないのだ。

「加々知さん」

聞きなれた声が私を呼ぶ。彼女は不思議そうに私を見ると手を握った。

「どうしたんですか?何か悩み事?」
「……いえ。なにもありませんよ」

そうですか、と彼女は笑う。
いつまでこうしていられるのか、いっそこのまま地獄へ連れて行ければいいのにと思ってしまう自分に嫌気が差す。
相当情けない顔をしていたのだろう。彼女は心配そうに私を見つめ、そっと身を寄せた。
いつまでこうして触れ合えるのかと、再び思いがこみ上げる。

これだから人間に恋をするなと、人間に恋などするはずがないと思っていたのに。
彼女を抱きしめれば、彼女も応えるように腕を回した。

「加々知さん」

呼ばれる名前が偽名なのが嫌だった。いつまでも彼女に嘘を吐いているのが心苦しい。
どうして彼女を愛してしまったのか、過去の自分を責めたくなる。
気がつけば彼女が苦しそうに私の名前を呼んでいた。

「力が…痛いです」
「……すみません」

鬼の力を持ってすれば抱きしめたまま人間を殺すことだってできる。
自由になった彼女は、はあと息を吐き出し、なんともないように微笑んだ。
どうしたんですか、と控えめに聞く彼女に本当のことを打ち明けようか迷った。

「私は……」

そこで理性が待ったをかける。言ってどうする、それで何かが解決するのかと。
現世で鬼の正体をばらすなど、ましてや人間にしていい行為ではない。
地獄の規則にもしっかり明記されていること。
自分は今彼女に何を言おうとしたのか。仮にも地獄のナンバー2という地位を持つ自分が取っていい行動ではない。
……いや、既に遅い。

その先の言葉を躊躇う私に彼女は手を握った。
その意図がわからぬまま見つめられ、彼女は私にキスをした。

「加々知さん、本当は私知ってるんです」
「…何をですか」
「加々知さんが……人間ではないこと」

彼女から告げられた言葉に頭を殴られたようだった。
言葉も出ぬまま彼女を見つめる。その反応に彼女は「やっぱり」と呟いた。

「一回だけ見たんです。加々知さんに角が生えているのを」
「……いえ、私は」
「初めて加々知さんとしたときです。夜中に目が覚めて、加々知さんの顔を見たときに見つけました」

そう言われて心当たりがあった。朝彼女より先に目が覚めて、擬態薬が切れていることに気がついた。
まだ寝ている彼女にばれてないと安堵したが、そのときに見られていたなんて。
結構前のことでそれからもう半年近く経っている。とすると彼女は人間かどうかわからないと知りながら数ヶ月を過ごしてきたことになる。
彼女は私の手を握り締めたまま目を離さなかった。

「私はそれでも加々知さんが好きなんです。人間じゃなくても、あなたを愛しているんです」

涙を浮かべるのは、ずっとこのまま一緒にいられるわけではないとわかっているから。彼女自身も何かを感じていたのかもしれない。
私が何者かも知らずに好きでいるのは不安だっただろう。それでも彼女は私と交際を続けていた。
会えない日は電話までして繋がりを持っていた。
涙を零さぬよう唇を噛み締める彼女を抱きしめた。

「すみません。騙すつもりはなかったんです」
「わかってます。加々知さんも言えない事情があるのでしょう?」
「…はい。けれどそれはあなたを不安にさせていた理由にはなりません」

物分りがいいのはいいが、強がっていることはわかる。
彼女はとうとう泣き出してしまった。

「加々知さん、いなくなってしまうんですか?」

彼女は不安を口にした。私が悩んでいたように彼女もまた悩んでいたのだ。
先ほどからの私の態度に、ついにそのときが来たのだと感じ取ったのだろう。
彼女は私の腕の中で涙を拭う。顔を上げ見つめる姿に胸を締め付けられた。

「鬼灯です」
「…え?」
「加々知は偽名で、本当の名前は鬼灯です」

もう会うことがないのなら、最後に本当の名前を告げてもいいだろう。
私が何者でどこから来たのか。それさえ言わなければいい。
彼女は戸惑いつつも私の名前を聞いて頷いた。

「鬼灯さん」

ずっと呼ばれたかった名を彼女は呼んでくれた。それだけで十分だった。
叶ってはいけない恋をし、規則を破って彼女と会い続けた。
ずっと自分を偽っていた心苦しさや罪悪感がすうっと消えていった気がした。

「鬼灯さん、そんな顔しないでください」
「…どんな顔ですか」
「私みたいな顔をしてます。鬼灯さんはいつもみたいに無表情が似合いますよ」
「あなたみたいな顔ですか…」

彼女の顔は涙に濡れて、困ったような、悲しそうな表情をしていた。情けない顔だ。
涙は出てはいないものの、自分がそんな顔をしていると思うと本当に泣きたくなってくる思いだ。
彼女はそれでもどこか嬉しそうに頬を緩めていた。

「何笑ってるんですか」
「笑ってますか?だって、ひとつ加々知さんの…鬼灯さんのことが知れたような気がして。いつも自分の話はしないでしょう?」
「そうでしたね」
「名前まで偽っていたのは悲しいですけど…本当の名前が知れて嬉しいです」

そう言いながら、またポロポロと涙を落とした。
ようやく知ることができても別れなければならない。
こんなに彼女を傷つけるなら、無言で去ったほうがよかったのかもしれない。
泣き止まない彼女をしばらく抱きしめた。ただじっと彼女の温かさを噛み締めるように。

やがて落ち着いた彼女は真っ赤に腫らした目で私を見つめた。
出会いも別れも一通り経験してきたはずなのに、こんなにも離れたくないと思うなど初めてなこと。

何も事情を聞かない彼女に少しばかり感謝した。
きっと聞かないほうがいいと彼女が気を遣っているのだ。
最後まで彼女に頼りっぱなしで、私はいつからこんなに不甲斐なくなったのか。
そっと彼女と唇を重ねれば、彼女はまた涙ぐんだ。

「鬼灯さん、また会えますよね」

会えないとわかっていても聞いてしまう。それで心が少しでも満たされるのなら、絵空事の約束だってするものだ。
しかし、それは絵空事でもなんでもない。彼女がこの世で亡くなれば、行き着く先は私のところ。
絶対の自信を持って言える。

「会えますよ、絶対に」
「約束です」

彼女は笑うと握っていた手を離した。

しばらく彼女とは会えない。地獄へ来るのも少し先だ。
その間にまた別の恋をするかもしれない。それでもまた私を選んでくれると信じて待つしかない。

「名前さん」

最愛の彼女の名前を呼んだ。
彼女は変わらず笑顔を向けてくれる。

「愛しています」

そう告げれば、彼女も満面の笑みで返してくれた。
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -