やるきゼロ


何をしてもやる気が起きない。そもそも何かをしようという気さえ起きない。できることなら一日中寝ていたくて、休みの日は部屋から一歩も出たくない。
そんな怠け者が獄卒をやっているのには理由がある。

「今日は何をくれるんですか?」
「たまには餌なしで仕事してください」
「おやすみなさい…」

ばたりと机に突っ伏する彼女は、すぐにでも寝息を立てられるくらい寝つきがいい。
それを知っている鬼灯は巻物を投げつけ急いで起こした。一度寝てしまえば起こすのが面倒なのだ。
頭をさすりながら上体を起こした彼女は唇を尖らせた。

「だってご褒美がないとやる気が」
「あなたは働きに来てるんですよ。甘ったれたこと言うな」
「じゃあ辞めちゃおうかな…」

今度は椅子の背にもたれながら天井を仰ぎ見る。彼女はこれを冗談ではなく本気で言うから恐ろしい。
きっと「どうぞ」なんて言えばすぐにでも辞表を提出するだろう。
彼女は何かをするたびに褒美をねだる。それがなければ仕事でも楽しいことでも「面倒くさい」の一言で片付けてしまう。
鬼灯は呆れたようにため息を吐いた。

「いつものでいいですね」
「鬼灯様ってなんでそこまで私を引き止めるんですか?」

いつものように折れた鬼灯になんとなく聞く。こんな面倒な部下なら他にもっと優秀なのがいるだろう。
褒美をもらえるとわかって筆を執る彼女に鬼灯は話す。

「あなたはその性格を除けば完璧ですから。何をさせてもそつなくこなすでしょう?」
「そうかなぁ」
「そうじゃなければ今頃クビです。拷問も外交もあなたになら安心して任せられる」
「そんなこと言っても仕事は早くなりませんよ?」
「お世辞なんてわざわざ言いますか」

えー?と首を傾げる彼女はのんびりとした動きだが、手元では仕事をテキパキとこなしている。
そういうところが他の獄卒とは違って特殊なところなのだ。何か彼女にとってメリットがなければそれは発揮されないのだが。
彼女がしっかり仕事を始めるのを見届けながら鬼灯も仕事に集中した。

しかしすぐに唸り声が聞こえてくる。ちらりと視線を向ければ彼女は難しい顔をしていた。

「……面倒くさい」
「…またですか」
「これあちこち間違って…うう、見たくない。鬼灯様お願いします」

ぴらりと書類を差し出す彼女は動くのも面倒なのか手をめいっぱい伸ばしている。
早く受け取れというように上下に揺れる紙を受け取ればゆっくりと定位置に戻った。

「確かに間違ってますが、これくらい……誰だこれ書いたやつ」
「あ、これも嫌だなぁ…はい」

あまりの酷さに眉間に皺を寄せる鬼灯をよそにまた手を伸ばす。
間違いが多いもの、字が多いもの、計算が必要なもの。彼女はそういうのは面倒という理由だけで鬼灯に任せる。
気がつけばほとんどの書類が鬼灯の机を埋めてしまうこともあるが、さすがにそのときは叱られて諦める。
これも…と再び送られてくる紙に鬼灯は再びため息を吐いた。

「キリがないですよ。これくらい簡単な処理でしょう?」
「だって面倒なんですもん」
「あなたならそんなに時間もかからないでしょうに」

面倒ならなぜ獄卒をやっているのか。どうせその返答も「なんとなく」という適当なものだろう。
本気を出せばできるのに最近はサボっている。ぐだぐだと机に伸びた彼女は鬼灯に指摘されて意気消沈だ。このままでは仕事が進まない。

「仕方ないですね…」

立ち上がる鬼灯はそばまで行くと彼女の腕を引いて立たせた。
抵抗するのも面倒なのかされるがままの彼女は鬼灯の腕の中にすっぽりと収まる。
そうすれば彼女も抱きつくように腕を回した。

「あったかい…」
「これで少しは頑張ってください」
「…もう少しくれたら頑張ります」

顔を上げた彼女と鬼灯の視線がぱちりと合う。何が欲しいと言わなくてもその目を見ればわかるだろう。
鬼灯はその期待の視線に負けて顔を近づけた。そして頬に小さくキスを落とした。

「えー…ほっぺですか…」
「まだ何も終わってないでしょう?これが終わったらしてあげますよ。いつもの褒美は」

ぷく、と頬を膨らませた彼女はその言葉に小さく頷いた。
するりと鬼灯の腕から抜け出し席に着く。やる気の出た彼女の仕事は早い。
やる気ゼロな状態は見る影もなく、表情もキリッと出来るキャリアウーマン。
面倒だと言っていた処理も軽くこなし仕事は着実に減っていくのだ。

「甘やかしすぎですかね…」

鬼灯はそれを見ながらポツリと呟いた。
引き止めるのはそこに甘い感情があるから。そうでなければ褒美などくれていない。
集中している彼女は気づかず、褒美のために無心で書類を捌いていく。
楽しそうな横顔に、やれやれと鬼灯も仕事を再開させるのだ。
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