カーネーション


憧れた存在から恋慕へ、上司をそういう対象として見ていたのはいつからだろう。
伝えたいけれどそんな勇気はなく、しかしずっとこの気持ちを隠しているのも胸が苦しくなる一方だった。

そんな想いを抱えたまま、ふと目に留まった広告は母の日という宣伝で、定番の花から感謝をこめたプレゼントまで様々だった。
もうそんな時期かなんて考えつつ、ふと思いついた。
私の身近にいるではないか。お母さんのような鬼が。

相手は男の上司だが、細かいことは気にしない。
廊下を歩く鬼灯様を呼び止めると、その振り向く仕草でさえ私の心は簡単に跳ね上がる。
心が温かくなるのを感じながら、「なんですか」というように私を見つめる鬼灯様に小さな花束を渡した。

「これは?」
「母の日…です」

こんなときくらいしか贈り物なんてできないし、こうすることで誤魔化せる。
実際鬼灯様はお母さんみたいだし、日ごろの感謝の気持ちもある。
だから私の込めた想いなんてきっと気づかれない。我ながらいい案だ。
鬼灯様は「母の日」の意味を理解したのか、オレンジ色のカーネーションを顰めっ面で凝視している。

「私はあなたの母親ではありませんよ」
「鬼灯様はお母さんみたいなので」
「誰がお母さんですか。早く昼食取ってきなさい。三食食べないと力がつきませんよ」
「そういうところがお母さんです」

こつんと頭を叩かれて痛みに思わず涙目になる。
お昼休み中にすみませんでした。早く昼食取って仕事を再開させます。
お母さんと言われたのが嫌だったのか、鬼灯様はため息を吐くと行ってしまった。
でも受け取ってくれた。意味は伝わらなくても少しだけ嬉しい気持ちになる。

遠ざかっていく背中を満足しながら見つめていれば、鬼灯様はぴたりと足を止めてゆっくりと振り返った。

「鬼灯様?」

鬼灯様が帰ってくるようにこちらへ向かって歩いてくる。
まだ何か言うことが…。お母さんって言ったのショックだったかな…。
そんなことを考えながら近づいてくる鬼灯様に首を傾げた。
鬼灯様は私の目の前まで来ると、私と花束を交互に見て口を開いた。

「母の日という理由しかありませんよね」
「え……あの、どうしてですか」
「……いえ」

心がどきりと跳ねた。もしかして定番の赤色を選ばなかった理由に気がついたのかもしれない。
そう思うと落ち着いていた心音が早鐘のように鳴り出して落ち着かない。
鬼灯様は言葉を濁すように私から視線を外した。

「カーネーションは色によって意味があるんですよ。つまり花言葉」

知ってますかと聞かれて肯定も否定もしなかった。
じっと鬼灯様を見つめていれば、鬼灯様も何かを察したようだった。

「無言だと期待しますよ。いいんですか」
「…はい」

小さく頷けば、思ったよりも恥ずかしくて俯いた。
花言葉を知っているなんて鬼灯様はなんでもよく知っている。
私が母の日にかこつけて想いを伝えたことも全部ばれて、そんなに見つめられたら恥ずかしい。
顔が熱くなっていくのを感じながら黙っていれば、鬼灯様は花束の中から一本を抜いて私に差し出した。

「あの…」
「そういう意味です」

押し付けられるようにそれを受け取った。つまり、それは……。
ぶっきらぼうな鬼灯様はそれだけ言うと歩き出していく。

「ちゃんと昼食取るんですよ」

そう言いながら。

手元のカーネーションは鮮やかなオレンジ色で、私の気持ちもその色のように温かくなっていく。
またお母さんみたいなことを言って行ってしまった鬼灯様に思わず笑みが零れた。
密かに抱いていた想いが伝わったのだ。


花言葉:「純粋な愛」「清らかな慕情」
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