寄り添う


「ねぇ」
「なんですか」

二人しかいない執務室。隣に座る第二補佐官が机に頬杖をつきながら呟いた。
思わず動かしていた手を止め、チラリと視線を配る。
彼女がこうして話しかけるときは何か重要な話があるときだ。
軽く話し始めるのが特徴で、なんとなく聞いていると重要なことを聞き逃す。
そうならないように注意しながら耳を傾けた。

「私たちもう長い付き合いでしょう?」
「ええ、黄泉の頃から一緒ですからね」
「そろそろさ、もう少し近づいてみてもいいかなって」

さらりと言ったその言葉には色んな意味が込められている。
いつも大事なところは言ってくれない。重要なことに限って隠すのは照れ隠しなのだろうか。
その意味はすぐに理解できる。だからわざわざ首を傾げることはしない。

「そうですね」

特に驚きもせずにいつもと変わらず返事をするだけだ。
事務的な会話。しかしこれだけですべて伝わっている。
彼女はその返事に少し不服そうに肩を竦めるが、やがて小さく微笑むと書類に向き直った。

「もうちょっと考えるかと思ったのに」
「やっとか、と」
「それなら、こういうことは男の鬼灯からだよ」
「そうですね」

そうですね、しか言わない私に彼女は「またそれ」と口を尖らせながら、それでも嬉しそうに笑った。
ようやく近づく気になったかと思えば、彼女もそれを待っていて、どうやら私の我慢していた数百年は無駄だったようだ。
気がついていればすぐに言ったものを。いや、今の関係が心地よくて気がつかないフリをしていたのかもしれない。
しかし彼女がその気なら、私もここは正直に言うべきなのだろう。

「では、私からも」

彼女は顔を上げると首を傾げた。けれど既に私の言いたいことを見透かして期待しているようだった。

「これからも一緒にいてください」

ずっと、この先も。
そこまで丁寧に言ってやるつもりはない。
人のことを照れ隠しと言っておきながら、私も核心を突くことは言えない。
しかし彼女は理解してくれる。言葉足らずでもう何千年も過ごしてきたのだから。

「もちろん」
「もう少し考えなくていいんですか?」
「元からそのつもりだから」

やっと聞けた。彼女はそう言うと幸せそうな笑顔を向けた。
その笑顔に言葉にできないようないとおしさを感じる。
直接的な言葉で伝えなくてもわかる気持ちは、お互いとうの昔から持っている。

特に話すこともなくなり自然と仕事に視線が落ちる。
今更気持ちを確認しても急に何が変わるわけでもない。関係が進んだって彼女と共有する時間に変わりはないのだ。
静かな部屋はそろそろ獄卒たちの報告に騒がしくなるだろう。それまでのひと時に、隣り合う彼女と無言で心を通わせた。
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