幸運の金魚草


閻魔殿の庭に植えてある金魚草はいつ見ても癒される。
こんなことを言うと「さすがわかってる」と「それはない」の二つに分かれるんだけど、私は金魚草結構気に入っている。
それを好きな彼が好きとか、そういう感情があったりもするんだけれども。
実際最初は怖かったし、気味悪かった。少しでも彼に近づこうとして好きになっただなんて、直接本人に言ったら何と言うか…。
呆れてため息を吐かれる姿が目に浮かんで、思わずその仏頂面に笑みが零れた。

「今日もかわいいね、君たち」

ぴちぴちと揺れる金魚草を撫でれば、おぎゃあと鳴き声を上げる。
それにしても増えたな…なんて見渡せば、大きな金魚草の中に紛れて小さな金魚草が揺れていた。
別に他のものと変わらないはずなのに、すごく気になって近づいてみる。
小さい体で一生懸命鳴いている姿に、あるものを見つけた。



「鬼灯様、鬼灯様!!」

急いでその金魚草を持って鬼灯様の元へ向かう。
執務室の扉を開ければ「騒がしい」という言葉と共に睨まれた。
その顔は怖いというより、私の心臓を射抜いて表情を緩めるだけだ。にやにやしないように顔に力を込め、彼の元へ駆け寄った。

「見てください、これ!」
「金魚草?これがどうかしましたか?」

いつものようにぴちぴちと揺れる姿に鬼灯様は首を傾げる。
何の変哲もない金魚草だ。おぎゃあと鳴く声も他とは変わらない。
金魚草が大好きな鬼灯様でもわからないのかな。模様を見て欲しいんだけどな。
ソワソワとしていれば、ようやく気がついたのか「あ」と声を上げた。

「模様ですか。ハートになってますね」
「そうです!滅多に見られないですよね、これ!」

金魚草のうろこと言えばいいのだろうか。赤く色のついた模様にひとつだけハートが紛れていた。よく動物の模様がハートに見えるというアレと同じ現象だ。
金魚草愛好家の中でもかなり珍しいものとして、売ればかなりの値段がつくだろう。
それをあのたくさんの金魚草の中から見つけたのだ。

「これは素晴らしいですね」
「でしょう?すごく嬉しいです」

鬼灯様も食い入るように見ちゃって、この嬉しさを共有できるのがさらに嬉しい。
金魚草を好きになってよかった、と心の底から思う。
熱心に金魚草を眺める鬼灯様に思わず釘付けになって、目が合えば金魚草を見ていたことにする。
ニコニコと楽しそうな私に、彼は金魚草のことだと思っている。誤魔化せる金魚草に感謝だ。

ひとしきりこの金魚草について語り合えば、鬼灯様は思い出すように金魚草をつついた。

「そういえば、ハートの模様をつけた金魚草を異性に贈ると、告白の意味になるそうですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。まあ、誰かがそう言い出しただけでしょうけど。四葉のクローバーみたいなものですかね」
「へえ……」

確かにこの金魚草を見つけたとき、四葉のクローバーを見つけたときと同じ感じがした。
多くの中に紛れる特別なものを見つけた幸福感。それを異性に渡すことでその幸福を分けるような。
四葉のクローバーも告白に使われるんだっけ。金魚草愛好家にもロマンチックな人がいるようだ。
ハートの模様のついた金魚草を好きな異性に送る。これ、今がチャンスじゃないだろうか。

「あの、これ閻魔殿の庭にあったものなんですけど…」
「ああ、貴方が見つけたんですから好きにしていいですよ。取っておくのもよし、異性に渡すのもよし。経過を見守るのもいいですね。模様も大きくなるんでしょうか」

考察に入る前に勇気を出してしまおうか。今しがたその話をしたばっかりなんだ。差し出すだけで意味は伝わる。
黙ってしまった私にお構いなく鬼灯様は金魚草の考察に入っている。ああ、私も一緒に話したいです。でも、その前に。

「鬼灯様」
「なんですか?」
「これ……」

どうぞ、とハートの模様が入った金魚草を差し出す。鬼灯様は珍しく驚いたような表情を見せると、受け取ってくれた。
それがどう意味なのかはわからないけど、おぎゃあと短く鳴く声が、私を応援しているようで心強い。
鬼灯様はハートの模様を見つめると、その視線のまま今度は私を見つめた。
言うことは?とそんな意味が込められているような気がした。

「…好きです」
「私も、好きですよ」

鬼灯様の手元で揺れる金魚草が、私たちを祝福するように、おぎゃあおぎゃあと鳴き始めた。
きっとこの子を見つけていなかったらずっと伝えられなかった想い。
耳に響くその声に思わず笑えば、鬼灯様も少しだけ微笑んだ気がした。
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