魅惑訪問


サボっては男目当てに街へ繰り出す第二補佐官を椅子に縛り付けたおかげで、今日の仕事は残業なしで終わった。
有意義な時間を確保できた鬼灯は、夕食にお風呂と久々にゆっくりと過ごし、部屋では途中だった漢方の調合を進める。
分厚い本や巻物をめくりながらうとうとしていたところで、その声は聞こえてきた。

「鬼灯様、こんばんはー」

ドアをノックする音に聞きなれた声。仕事を終えて意気消沈だったはずの名前が復活しているようだ。
鬼灯は鬱陶しい音にドアを少しだけ開けた。そうすれば名前も追い返されまいとその隙間に足をねじ込んだ。

「…なんですか」
「今日誰も捕まらなかったんです。相手してください!」

何の相手かは言わなくてもわかる。鬼灯は眉間に皺を増やすとドアを勢いよく閉めた。
名前の足はドアに挟まれ、けれど名前は負けじと食い下がる。誰のせいで今日の予定がなくなってしまったのか。
痛いのを我慢しながら抗議しても、鬼灯は「知らん」と一蹴するだけだ。

「お願いします!鬼灯様は何もしなくていいので!起ててさえくれれば私が勝手に」

今度は思い切りドアが開けられる。ドアは名前の顔面を強打し、彼女はそのまま床に転がった。
顔だけは…と呟きながら痛みに悶えているのを見下ろしながら、たまたま通りかかった獄卒と目が合う。
こんなところでいかがわしい言い合いをしていたら近所迷惑だ。
鬼灯はため息を吐くと部屋の中に戻った。

「とりあえずうるさいので入りなさい」
「わーい……」

痛い顔を押さえながら名前は鬼灯の部屋へと転がり込んだ。
一週間ぶりの部屋にそわそわとしながら寝台に腰掛ける。鬼灯は迷惑そうな顔をしているが、名前はお構いなしに机の上を眺めた。

「勉強熱心ですね。たまには息抜きも必要ですよ」
「息抜きしかしてないあなたはもっと仕事しなさい」
「いいじゃないですか。今日頑張りましたよ。なので…ね?」
「脱ぐな」

いつの間にか肌着一枚で胸元全開。完全にやる気満々である。
そのままぴたりと鬼灯に身を寄せ、彼の着物の中に手を滑り込ませる。
鬼灯はその手を掴み上げた。

「私は了承してないですよ。うるさいからとりあえず中に入れただけです。帰りなさい」
「えー…だめ、なんですか?」
「………」

肌蹴た胸元を鬼灯に押し付け上目遣いで見上げる。衆合の獄卒に負けず劣らず、彼女の誘惑はこれまでどの男も本気にさせるものだ。
鬼灯といえども思わず黙ってしまう妖艶っぷり。ぴとりと細い指で鬼灯の胸板をなぞれば、鬼灯は名前の頭に手刀を落とした。

「いっ…痛い……」
「何度も言わせないでください」
「今ちょっといい雰囲気だったじゃないですか。殴るんじゃなくて押し倒すところですよ」

いつにも増して恐ろしい表情で見下ろす鬼灯に名前は愛想笑いを浮かべる。これ以上しつこいと漢方の材料にされかねない。
一応そういうところには感づくのだが、あきらめきれないのも事実である。
一週間誰ともしてないのだ。今日こそと思ったら捕まって、仕事に縛り付けられて欲求はたまるばかり。
手近のいい男といえば同僚である彼しかいない。

「鬼灯様、ちょっとだけでいいんです。私のこと好きにしていいですから。なんなら激しいSMプレイでも付き合いますから」
「私を何だと思ってるんですか」
「そういうの好きかな…って」
「そんな趣味はありません。しかし……」

名前の軽い体が寝台へと押し倒され、鬼灯は膝を着きながら彼女を見下ろした。
やっとその気になってくれたのかと、名前は瞳を輝かせてにこりと微笑む。鬼灯は冷たい視線を向けたまま口を開いた。

「威勢のいい身の程知らずを調教するのは好きですよ。そうですねぇ…拷問でもしますか?」
「拷問?私そっちの趣味はないですけど、鬼灯様が言うとなんだか魅力的ですね。要するに焦らしプレイですか?」
「いえ、あなたが思っているようなことではないですよ」

どこから取り出すのか金棒を担いだ鬼灯に、さすがの名前からも笑顔が消える。
こんなに誘うように着物を着崩し、押し倒されている女性を目の前に、交わる以外に何をするというのか。
名前は「ちょっと」と両手を突き出して牽制する。

「調教には痛みが一番効果的なんですよ」
「それ本気のやつじゃないですか。もっと楽しいことしましょうよ。この前みたいにたっぷり抱いてくださいよ」
「では行きます」
「ちょ、ちょっと待ってください!わかりました、わかりましたから!」

振り下ろされる金棒を前に名前は観念するように声を上げる。金棒は名前の顔面すれすれに振り下ろされた。
寝台が妙な音を立てたが、鬼灯は気にしていない。
顔のすぐ側にある金棒のトゲに名前は顔を青ざめさせた。本当に実行するのだから目の前の鬼は怖い。
こんな恐怖体験をするとは、と引き抜かれる金棒を目で追いながら一息吐く。こんなに心臓に悪いことはない。すっかりやる気だった気分も冷めていく。
鬼灯はやれやれと金棒を置いた。

「わかったのなら帰ってください」
「は、はい…」

意外にも効果はあったようで、名前はこくりと頷くと大人しく引き下がった。
若干涙目になりながら顔を青くする様子は、いつも余裕な彼女とは違いどこか新鮮。
併せて着崩れた胸元や白い首筋を見ていると、なぜかいけないことをしているような気分になる。
鬼灯はつい名前を観察してしまい、名前の上から退けなかった。名前は困ったように鬼灯の顔を窺う。

「鬼灯様?あの…今日のところは帰りますので…」
「怖かったんですか?金棒で殴られるくらい日常茶飯事なのに」
「いやだって、鬼灯様の顔本気だったし、いつもと違って私も構えてなかったですし。というか、今のは本当に頭に死が過ぎりましたよ。本気すぎです!」

名前は抗議するように鬼灯を見つめる。鬼灯はそんなもの受け入れずに「なるほど」と頷いている。
妙に気に入ったような鬼灯に名前は苦笑を浮かべる。やはり鬼灯はSなのか。

「しかし今のはなんというか、そそられましたよ」
「鬼灯様ってやっぱりSでしょう!そそられたのなら抱いてください!」
「あいにく体のほうが反応していないので気のせいでしょう。大人しく帰ってください」
「あとで思い出して一人でするんでしょう。私も混ぜてください。SMプレイでもいいですから」
「だから私にそんな趣味はありません」

またいつもの調子に戻る名前は、起き上がった鬼灯に身を寄せる。
いいでしょう?ね?と誘えば当然鬱陶しがられる。名前にいつもの強引さがないのは、さっきの恐怖がまだあるから。
しかし、そそられたと言われればそのまま致すところまでもって行きたいところである。
振り向く鬼灯の視線にたじろぎながら、名前は笑顔を向けた。
鬼灯は名前の顎をくいと持ち上げた。

「本当に調教しますよ」

ドスの利いた低い声。名前はひしひしと伝わってくる恐怖に少しだけ快感を覚えた。

「な、なんか…鬼灯様のせいで新たな扉を開きそうです。ゾクゾクしましたよ今」
「冗談言ってないで服を着なさい」
「たまには未知の領域に足を踏み込んでみるのも…手始めとして鬼灯様、相手になってくださ」
「お望みどおり」

がこんと鈍い音とともに名前が床に倒れた。相当な威力だが、さすがに手加減はしている。
名前は痛みに悶えながら「そうじゃない…」と言って意識を手放した。
鬼灯は金棒を担ぎながらため息を吐いた。

「手に負えませんねぇ」

まったく名前に誘惑されてないわけではない鬼灯は、疲れを感じながら名前を抱えあげる。
その辺に転がしておくのもと寝台へ放り投げれば、鬼灯は名前を隅に追いやりながら自分も横になった。
いくらその気がないとはいえ、こうも迫られればこの間のように抱く羽目になる。
鬼灯は「最悪だ」と呟けば目を閉じた。
体目当ての淫らな彼女に振り回される鬼灯である。
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