目に映るもの


金魚草コンテストが行われている今日、名前は鬼灯の誘いで会場に来ていた。
苦手な人も多い金魚草だが、名前は嫌いじゃなかった。だからといって育てるくらい好きなわけでもないが。
審査員姿の鬼灯が見られると思って、一番前の一番審査員が見える場所を確保した。
金魚草大会の規定は審査員の彼から散々聞かされていて、どこが良いのかも金魚草を見ただけで少しはわかる。
そのため普通の審査も楽しめる。しかし名前が楽しんでいるのは審査員の姿だ。
いつもはかけないめがねをして、真剣な姿はいつもと違ってかっこいい。

(あ、目が合った)

たまに目配せする鬼灯と目が合って、そのたびに微笑んでみせる。
鬼灯はきっと「金魚草を見なさい」と思っているだろう。
本当は楽屋にいれてくれるとかいろいろ言ってくれたけど、こうして見ているだけで十分満足だ。
審査員が独特だなと考えていればいつの間にか金魚草の審査は終わり、次は金魚草大使の審査が始まった。

「怖いなぁ…」

おぎゃあああと金魚草の声真似をする女性に引いてしまうのは仕方ない。
ある人は金魚草の素晴らしさについて語り、ある人は金魚草の料理を持ってきた。
やはり金魚草の鳴き声を真似する人は多かった。
狂気の沙汰だが審査員は至極真面目に審査しているのだから面白い。
そんなとき、舞台袖の方から大きな声が聞こえた。

「おぎゃああああああ」

とまた金魚草の鳴き声。しかしその声に審査員がハッと顔を上げた。
会場が静まり返り、鬼灯が舞台袖へと向かう。そして女の子の手を引いて出てきた。それも「素晴らしい」と褒めちぎっている。

「あの子…」

あれはオープニングのときに出ていたアイドルのピーチ・マキ。
着ている気ぐるみがどこかで見たことあるなと考えれば、金魚草の審査本番前に模擬店の前で見たあれだ。
そのときも鬼灯は彼女の手を引いていた。

「皆さん、彼女を金魚草大使にしてもいいですか!」

会場は盛り上がり歓声に湧いている。鬼灯はまだマキの手を握っていた。


***


金魚草コンテストが無事に終わり、審査員である鬼灯たちもようやく片付けなどを終え会場を後にしていた。
名前は鬼灯が来るのを待っていたが、まだ忙しいのかその姿は見えない。
会場にいるのかなと中に入れば、廊下でその姿を見つけた。
しかしそこにはさっき見たアイドルのマキとマネージャーの姿もあった。
とっさに隠れた名前は、少しだけモヤモヤした気持ちを抱えながらその様子を眺めた。

「マキさんお疲れ様です。金魚草大使就任おめでとうございます」
「あ…はい。ありがとうございます…」

金魚草の花束を受け取りながら引きつった表情を浮かべる。
たいしてマネージャーは新たな仕事に目を輝かせていて、温度差は間逆だ。
鬼灯は「これからよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げると談笑をかわしている。

「金魚草大使としての仕事は改めてご連絡させていただきますので」
「もうぜひお願いします!マキちゃん、ファン層さらに拡大だよ」
「嬉しくねぇ…!いや、すっごく嬉しいです!」

あはは、とアイドルスマイルを浮かべ、手元でうごめく金魚草から目を逸らす。
マキは金魚草大使としての意義を語りだす鬼灯に頷きながら、廊下の先で自分たちを見つめる名前に気がついた。
目が合った名前は急いで身を隠し、マキは首を傾げた。鬼灯はそんなマキの視線の先を追った。

「どうしました?」
「女性がこちらを見ていたので誰かなーって。鬼灯様のファンですかね」
「女性…?」

男性ファンの多いマキはそう言うと、鬼灯はマキをちらりと見た。
マキは笑顔のまま鬼灯が何か言うのを待つ。しかし次第に眉間に皺を寄せる鬼灯に、視線を逸らした。
何か気に障ることを…!?と怯えるマキにマネージャーは時計を見て声を上げた。

「マキちゃん、そろそろ」
「え、あ、はい!」

マネージャーナイス!と鬼灯に頭を下げるマキに、鬼灯も改めて挨拶をする。
では、と歩き始める二人を見送りながら、鬼灯も急いで廊下を歩いていった。
振り返るマキは「どうしたんだろう」と、鬼灯の少し慌てる姿に首を傾げるのだ。


***


片付けに時間がかかり、挨拶だとはいえ待たせている彼女を差し置いてアイドルと話していれば、それを見た名前がどう思うかはなんとなく想像できる。
鬼灯はマキが見たという女性を名前だと確信し、待ち合わせしている外へ出た。
見渡せばとぼとぼと歩いている名前の背中が見えた。

「名前さん」

名前を呼べば振り向いて、名前は浮かない顔で鬼灯を見上げた。

「すみません、待たせてしまって」
「……楽しそうでしたね。あの子、アイドルの子と仲良いんですね」
「マキさんですか?」
「はい。手繋いで歩いてましたもんね。さっきも声かけてたし」

やはりそれか、と鬼灯は名前を安心させようと手を伸ばした。しかし名前は遠ざかるように身を引いた。

「わ、わかってます。仕事だから誰と関わるのも私が言うことじゃないんです。でも、鬼灯様が他の子の手を取ってるところなんて見たくなかったんです」

名前は胸元でぎゅっと手を握ると鬼灯を見つめた。こんなことを言っても彼を困らせるだけとはわかっていても、言わずにはいられない。
鬼灯が何か言うよりも先に声を上げたのは、マキとの仲を肯定されたくなかったから。
唇をきつく結んだままの名前に鬼灯は謝った。

「気がつかなくてすみません」
「…子供みたいだと思ってるでしょう。勝手に嫉妬して」
「いえ、アイドルの手を取った私が悪いです。少々軽率でした」
「……鬼灯様は悪くないです」

勝手に嫉妬して、勝手に不安になってる自分が悪い。名前はこんなことを言っている自分が嫌になりながら口を閉じた。
鬼灯は名前を優しく抱きしめた。

「マキさんとは何もありませんから。手を取ったことは今度謝罪しておきます」
「別にそこまで…」
「いえ、今日は名前さんに楽しんでもらおうと思っていたのに嫌な思いをさせてしまってすみません。正直、金魚草の審査よりあなたの視線の方が気になって仕方なかった」
「…だって、かっこよかったんですもん」

普段見ることのない仕事とは別の真剣な姿。それなのに、そんな彼が別の可愛い女の子と並んでいるのを見てしまうとつい、考えてしまう。
あの子がもし鬼灯様を好きになってしまったらどうしよう。そんな不安が芽生えてしまう。
鬼灯は名前を安心させるように小さくキスを落とした。

「マキさんは大丈夫ですよ。どちらかというと私のことを恐れていますから」
「なんだかそうやって知ってる風に言われるのも嫌です」
「そうですか…どうしたら安心してくれますか」
「…私のことだけ見ててください。……なんて」

金魚草に手を焼いているのを見ても、女獄卒と話しているのを見ても、どこかそんな気持ちがこみ上げてくる。
冗談のように笑えば、鬼灯は名前の頭をそっと撫でた。
重い女だと思われたかな、と名前は言ったことを後悔する。鬼灯はため息を吐くと名前の目を見つめた。
何か言われそうで、名前は不安な表情を浮かべる。

「私は名前さんしか見てませんよ。何をしていても名前さんのことで頭がいっぱいです。最近は女性を見ても名前さん以外可愛いと思いませんし」
「な、何言ってるんですか。さっきの子可愛いじゃないですか」
「マキさんですか…正直、名前さん以外の女性はみんな同じに見えます」

しれっと言うのだから侮れない。鬼灯が言うと本当にそう思っているように感じる。
なんだか言いくるめられているような気がするけれど、名前としてはその言葉だけで満たされる。
自分のことをこんなにも大切に思ってくれているのだと。
名前は嬉しそうに口元を緩めれば鬼灯の手を握った。

「帰りましょう、鬼灯様。今日はもうお仕事ないんですよね?」
「はい。どこか行きたいところがあれば付き合いますよ」

名前はうーんと考えながら顔を上げた。鬼灯とは何もしていなくても楽しい。

「鬼灯様と過ごしてるだけでいいです。金魚草の見える階段に座ってお話でもしましょう」
「金魚草の話をすると拗ねるくせに?」
「し、知ってたんですか…」
「もちろん、名前さんのことしか見てないと言ったでしょう?」

そんなこと言って、と照れる名前は誤魔化すように早歩きで閻魔殿を目指す。
鬼灯はそんな名前の様子に安堵すると歩幅を合わせた。
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