追い込まれる


お天道様が真上に来る時間帯、昼休みで獄卒の出入りが少ない執務室。
しかし誰が来るかわからない部屋で、一体何をしているのでしょうか鬼灯様は。
抱きしめてきて耳元でいきなり「名前さんって可愛いですよね」ってバリトンボイスで言われても、悪いほうのドキドキしか生まれない。
とにかく両手を突っ張って引き剥がしにかかるもびくともしない。

「鬼灯様、何か物騒なことが聞こえたのですが気のせいですよね。とりあえず開放してください」
「可愛い、のどこが物騒なのですか。常日頃思っていたことを口に出しただけですよ」
「鬼灯様の口から出るとどれも怖くなるんです。鬼灯様、離してください」
「心外ですねぇ」

さらにきつく抱きしめられて、これはセクハラとして訴えてもいいんでしょうか。
じりじりと壁に追い詰められ逃げ道がなくなっていく。最近なんだか熱い視線が送られてきていた気がするけど、そういうことなのでしょうか。
私もしかして狙われてる?
距離が近すぎて顔も見れないし、鬼灯様が触れている場所から熱がこみ上げてくる。
は、恥ずかしい…!
背中に壁の冷たさが伝わってきて、鬼灯様は私の目をじっと見つめた。

「いいですか、私はこんなにも名前さんに好意を寄せているのに、あなたはいっこうに振り向こうとしない。これはもう強硬手段に出るしかないのです」

そう言いながら片手に持っているものはなんですか。シャッター音が聞こえるのは気のせいですか。

「写真撮らないでください!何してるんですか!?」
「おや失礼。その慌てた顔を私のコレクションに追加しなくてはと」
「絶対犯罪です!」
「犯罪ではないですよ。たまたま名前さんが写った写真が、たまたま同じアルバムにまとめられているだけです」

普段写真なんか撮ってる姿見たことがない。絶対隠し撮りというやつだ。
確かにこの間おかしなアルバムを持っていたのを目撃したけれど、まさかそれに私の寝顔が写っているとは思わない。
これは完全に鬼灯様、へんた……睨まれたから口を噤みます。

「わかってますよ名前さん。恥ずかしいのでしょう?ですが私たちは子供ではないんですよ。さらに愛を深める段階に移行するべきです」
「さらにもなにも、私は鬼灯様のことなんて…」
「……」
「そ、そういうときだけ黙らないでください!」

私の気持ちを知っているから余計にたちが悪い。私が強く嫌だと言えないのをわかっている。
だって、鬼灯様のことは尊敬してるし、憧れてるし、恋心というものだって…。
顔に熱が集まるのを感じて、鬼灯様は私の頬をそっと覆った。

「名前さんはわかりやすいですね」
「な、なにがですか」
「全部顔に書いてます。それに真っ赤ですよ」

それは鬼灯様がこんな至近距離にいるからです。頬を触る手つきが無駄に色っぽい気がするのは気のせいですか。
どんどん顔が近づいてきて、息がかかりそう。こんなの平静でいられるわけがない…!

「私に迫られるたびに顔を赤くして否定する。無理やりは好きではないので手を出していませんが、本当に襲いますよ。そんな反応していると」
「だ、だって…」

鬼灯様の指が唇をなぞっていく。何を考えているのかわからない黒い瞳が私を捉えたまま無言の意思を伝えてくる。
はっきりしろ、と。さもなくば実行するぞ、と。そっと口を開けば唇をなぞっていた親指が少しだけよけられた。

「わ、私も鬼灯様のことは好きですけど…でも鬼灯様はいろいろと急ぎすぎだと思います!」
「こちとら数百年も我慢してるんですよ。気持ちが通じ合ったのなら次の段階に」
「心の準備ができてないので無理です!」

頑張って声を上げても冷ややかな視線に黙るしかない。それはどう意味ですか。どうしていつもよりさらに無なんですか。
とにかく近いから離れてほしいのだけれど、さらに近づいてきた。喋ろうとするだけで触れてしまいそうな距離。
耐え切れなくなって目を瞑れば、鬼灯様は私の唇に口付けた。
その熱が離れていき、互いの視線が交わる。無言のまま見つめられると雰囲気に飲み込まれそうで、何も言えずに見つめ返していれば、鬼灯様は私の腰を抱き寄せた。

「で、どこまでしていいんですか?今のは受け入れたとみなします」
「な、何言ってるんですか。ここまでです!それに今は仕事中…」
「つれないですねぇ」

髪を触りながらそこにも唇をつける。いちいち仕草がなんというか…ドキドキするからやめてほしい…。
オロオロと抵抗することもなくどうするか迷っていれば、鬼灯様は私の目の前に二本の指を立てた。

「今ここで襲われるのと、仕事が終わってからゆっくりじっくりと抱かれるの、どちらがいいですか?」
「どちらも不穏な気配がするのですが…」
「では、両方ということで」
「ま、待ってください!」

凶悪な顔をしてピースサインを作られても全然楽しそうには見えない。いや、鬼灯様はものすごく楽しんでいると思う。
さあ選べ、と突きつけられ、その間も腰にある手が厭らしく体を這っている。
どうして鬼灯様こんなに押しが強いのでしょう。昨日徹夜で仕事したのが悪いのかもしれない。
どっちも怖くて選べない…!今ここでというのはさすがに無理があるし、でも仕事の後は明らかに選んじゃいけない選択肢だ。
というか、そういうことをするのは決定してるんですかこれ。

「決まりましたか?」
「うう……」

決められるはずもなく再び鬼灯様の唇を受け止める。今度はそれが口を割って入ってきた。
これははっきり意思を伝えないと両方コースになってしまう…!
誰かが来たらどうするつもりなんだろう。そろそろ報告に獄卒がやってくるかもしれない。
書類を持っていかない鬼灯様を訪ねて閻魔様がやってくるかもしれない。
気がつけば仕事のときとは違う雄の瞳で見つめられていた。

「どうしたんですか?誰かが来るかもしれないと興奮してます?」
「し、してません!鬼灯様、やっぱり駄目ですこんなところで」
「では場所を変えますか」
「それも駄目です!」

普段見ない表情に心臓が強く跳ねている。息も上がって、頭がぼーっとする。このままでは鬼灯様の思う壺だ。
何とか身を守ろうと鬼灯様を突っぱねていれば少しだけ離れてくれた。チャンスだと鬼灯様と壁の間から逃げ出せば、今度は後ろから抱きしめられてしまった。

「鬼灯様…」
「わかりました。確かに今は勤務時間です。プライベートと混同するのはいけませんね」
「そうです。そうですから、その手を引っ込めてください…!」
「おや、手が勝手に」

胸元に手が入り込んでます。言動が矛盾してるんですけど…!
手を引っ込めさせれば鬼灯様は残念そうな顔をして降参するように両手を挙げた。
まだ常識というものを捨ててはいなかったみたい。よかった…あのまま押されていたらどうなって…。
思い浮かぶ光景に頭を振った。何を考えた私!
鬼灯様はそんな私の頭を優しく撫でると、内緒話をするように囁いた。

「では、仕事が終わった後にゆっくりと」

その言い方も表情もやっぱり見たことないもので一瞬どきりとする。鬼灯様、積極的すぎじゃありませんか。

「し、知りませんからね。何のことだかさっぱりですので!」

急いで自分の机に着けば巻物を手に取った。鬼灯様もゆっくりとした動きで書類をめくり始めればいつもの仕事風景だ。
さっきまでのやり取りはなんだったのかというくらい、鬼灯様は何食わぬ顔で仕事をしている。
私はといえば、鬼灯様に触れられたところがまだ熱くて集中できない。
仕事を終えたら早く帰らなければと、突然強硬手段に出た鬼灯様に頭を悩ませるのだ。
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