駆け引き


衆合地獄に視察にやってきた鬼灯は、お香と共に刑場を見て回っていた。
最近の獄卒の勤務態度などを聞きながら、問題がないかチェックする。
いつもこれといって特別問題があるわけではないため、安心して任せている。
あるとすれば男性獄卒の失恋や、獄卒不足といったところか。
美人がいくらいても足りないくらい、ここに落ちる亡者は多い。

「あとは…」
「鬼灯様、申し訳ないけれど私このあと予定が入っていて、一緒に見て回れないんです」
「ああ、お香さんも忙しいんでした。急な視察で付き合わせてしまってすみません」

いいのよ、とお香は上品に笑うと針山の方を見上げた。鬼灯もつられてその方向を見る。
針山の頂上には女性獄卒たちが亡者を妖艶な仕草で誘惑している。
あそこで誘惑係を出来るのはかなりの手腕の持ち主たちらしい。
お香はそのうちの一人を呼び寄せた。

「名前ちゃん。彼女にこのあとの案内を頼むわ」

ぺこりと頭を下げる名前は、誘惑していた状態のままやってきたため色々と肌色を主張している。
あ、と気がつき直しても見えていたものが隠れただけで、余計に想像が膨らむのは気のせいか。
鬼灯も「お願いします」と言葉だけ零すと、名前に目が行ってしまう。

「私の自慢の後輩なの」
「そうなんですか」
「じゃあ、名前ちゃん頼むわね」
「はい」

お香は名前に鬼灯を任せると手を振ってその場をあとにした。
名前も静かに頷くとにこりと微笑む。そのやりとりに互いに信頼してるのだと感じる。
お香が誰か一人に「自慢の」という性格でないことから余計に。
では、と先を促す名前に頷きながら視察を再開させた。

「名前さんはいつも針山で誘惑係を?」
「はい。最近は拷問に挑戦しているのですけど、難しくて。この間は亡者が喜んでしまって…」
「確かに、貴方に責められれば目覚める輩も多いでしょうね」
「そうですか?その辺はよくわからないですけど」

ふふ、と笑う姿が癒しを与える女性は特にこの地獄には多い。
力仕事の拷問をする獄卒に美人はいるが、やはり性格は豪快だ。
逆にこうして笑っているだけで男を誘うような女性は衆合の方がいる。
その中でもお香が自慢というくらいだ。こうして話しているだけでもその理由は理解できる。
いつの間にか彼女を見つめていた鬼灯は、名前を呼ばれる声に我に返った。

「鬼灯様、そんなに見つめていたら視察になりませんよ」
「貴方こそ私を見つめていると、惚れてしまいますよ」
「ご冗談を。衆合の美人たちに迫られても顔色ひとつ変えないとお聞きしましたけど」
「私のタイプじゃなかっただけでしょう。私は貴方のこと気に入りましたよ」
「ありがとうございます」

冗談だと思っているのだろう。軽くかわしながら視察を続ける。この刑場はこういう問題が、と説明する彼女は鬼灯の性格をあまり知らない。
冗談でも気があるようなことは言わないということを。

「本気ですよ。手元に置きたいくらい」

ぽつりと呟いた言葉は聞こえなかったようだ。名前はこてんと首を傾げながら鬼灯を見つめた。
さてどうやって手に入れようか。お香の大事な後輩ならば、まずは外堀を埋めるのが先かもしれない。


***


「彼女、とても綺麗で聡明な方で驚きましたよ。さすがお香さんの後輩ですね」

あのあと衆合の制度について少し話し、しっかりと意見を持った人だと、外見だけではなく中身にも興味を持った鬼灯は、報告に来ていたお香にふと話した。
お香はあら、と少し驚いたように微笑んだ。

「鬼灯様がそう言うのは珍しいですね。気に入っちゃったかしら」
「ええ。とても欲しくなりましたよ」
「困ったわぁ。引き抜きの話かしら。強引に取っていっちゃ嫌よ?」
「わかってますよ。彼女の方からこちらに来たいと言わせますから」

淡々と答える鬼灯にお香は肩を竦めた。大事な後輩が狙われているのだ。これは由々しき事態かもしれない。
しかし鬼灯が女性に対して手荒な真似をしないことも、私欲のために権力を使うような鬼ではないことは知っている。

「あまりおいたしないでちょうだいね」

気休めの牽制をしてみるが、鬼灯は欲しいと思ったらとことんするだろう。
何もしていなくても女性が集まる彼が本気を出せばどうなるのか、お香は考えないようにして執務室を出た。
鬼灯は、彼女の上司であるお香に了承を貰い、まずは一段階目が終わったと、今度は彼女に接触だ。



視察という名目を使えばどの刑場に行こうが鬼灯の自由だ。それも第一補佐官ならどこにいたって「様子を見に来てるんだな」とか「何かあったのかな」と思う程度。
だから鬼灯が女性ばかりいる衆合に来ていても、誰も不思議に思うことはない。
途中、すれ違ったお香は鬼灯の目的を知っているが、微笑むだけで特に注意することはなかった。これをもう数日続けている。
針山にやってくれば、彼女は仕事に励んでいた。
やがて自分に用があるのだと気づいた名前は鬼灯の元へ下りてきた。ずっとガン見していれば嫌でも目に付く。それも獲物を仕留めるような鋭い視線を向けていたら特に。

「こんにちは。どうされたんですか?」
「名前さんに会いに来ました」
「え…?何か…不備でも…?」

ストレートな理由に戸惑いながら名前は周りの目を気にして針山から少し離れるよう促した。

「不備も何もないですよ。言ったでしょう?貴方のことが気に入ったと」
「冗談ではなかったんですか?」
「冗談ならわざわざ会いに来ませんよ」

鬼灯の噂はどこからでも耳に入ってくる。衆合は女性ばかりのためその話題も多い。
だから彼が浮ついた言葉を無闇に吐かないのも知っている。名前は困ったように笑った。

「仕事が認められたと受け取っていいんでしょうか」
「貴方個人に興味があると言っているのです」
「そ、そうですか…」

今まで冷静に受け答えしていた名前が言葉に詰まった。鬼灯の言い訳のない言葉が思ったよりも効いているようだ。
名前は頷きながら鬼灯から視線を逸らした。
わざわざ人から離れたところに来たのがまずかったかもしれない。こうして話していれば寄って来る女獄卒もいただろうに、ちょっと人目を避けたばっかりに、助け舟が来るとは思えない。
名前は困りながらも針山の方に足を向けた。

「空けるとまずいので、そろそろ…」
「お仕事中すみません。少し見学してもいいですか」
「…はい、どうぞ」

この間見て言ったばかりではないか、とは言えない。名前は針山に戻るといつものように亡者誘惑を始めた。
しかし気になるのだ、鬼灯の目が。亡者がいくら自分の体目当てに飛び掛ってこようとなんとも思わないのに、彼の視線だけは違う。
何が違うのかはわからないが、それに見つめられると少しだけ恥ずかしい感じがした。

「名前さん、そろそろ下に」
「あ、そうですね。すみません」

亡者が上に上ってきたら下へ降りる。同僚に声をかけられハッとして降りた。
しばらく熱心な視線に見つめられ、名前はやりづらい仕事を終えたのだった。


やがてお昼休みになり着物を整える。鬼灯は自分の仕事があるため随分前に帰ったが、それからというもの仕事への集中はいつものようには行かない。
閻魔庁の食堂でお香と待ち合わせしていた名前は、お香を見つけて駆け寄った。

「お疲れ様です」
「お疲れ、名前ちゃん。新しく入った子はどう?」
「あ、はい。元々遊女をやってらしたので誘惑はバッチリです。要領もいいのですぐに仕事を覚えて……」
「なるほどなるほど」

二人が話すテーブルに見覚えのある声が割って入った。
もぐもぐとご飯を頬張りながら、二人の視線を受けても「お構いなく」と食べ進める。
お香も名前も顔を見合わせて鬼灯を見た。

「鬼灯様、もしかして最初からここに?」
「いいえ。名前さんがいたので隣に」
「積極的ねぇ…」

お香の何か知っている雰囲気に名前は「知ってるんですか」とお香に投げかける。お香は小さく首を振ると構わずにご飯を食べ始めた。
これは構わないで食べていいのか、名前にはわからないがお香がそうしているのだからいいのだろう。
微妙な沈黙に鬼灯は湯飲みを置いた。

「名前さん、今夜空いてますか?」
「えっと…それは何のお誘いでしょう」
「食事にでもと思って。まあ、飲みに」
「私に助けを求めないで、名前ちゃんの好きにしていいのよ?」

思わずお香を見れば、助けてはくれないようだ。名前はしばらく考えたあと小さく頷いた。

「少しなら」
「では、仕事が終わったら」

それだけ確認すると鬼灯は行ってしまう。仕事が忙しいらしい。
名前はその後姿を目で追い、いなくなったのを見てため息を吐く。それは面倒だったというより、どこか緊張していたのを解いたような、そんな感じだ。

「鬼灯様のアピールに戸惑ってるでしょう?」
「どうして私なんでしょう。もっといい女性はたくさんいるのに」
「あら、名前ちゃんは容姿も性格も仕事もとても優れていると思うわ。これ、私の贔屓目かしら」
「どう考えても贔屓目ですよ。嬉しいですけど…」

唇を尖らせる名前は嬉しさを誤魔化すようにお茶を啜った。余裕のある佇まいをしていると思えば、こうして恥ずかしがるところもある。
お香はそんな名前を可愛がっているのだ。

「可愛いわぁ。鬼灯様の元に行くのがもったいないくらい」
「ど、どうしてそんな話になるんですか!?」
「ふふ、名前ちゃん顔真っ赤よ?」

いつもの余裕はどうしたのかしら。お香のからかいにますます顔を赤らめて俯いてしまった。
名前は意地悪なお香に抗議しながら、仕事なのでと席を立った。
自分を誘ったのはただの気まぐれだ、と言い聞かせる名前は鬼灯の顔を思い浮かべて頭を振った。

1/2
[ prev | next ]
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -