作ってしまえ
「鬼灯様の子供の頃が見たい」
はっと顔を上げ、呟く名前にお香は首を傾げた。
名前は突然おかしなことを言い出す傾向があるが、また無茶なことを言っている。
鬼灯の子供の頃には写真はない。映像として残っているものがないのだから、いくら見たくても見られないのだ。
「いくらあんな怖い顔をしてても昔は可愛かったんだろうなぁ…って」
「まぁ…そうかもしれないわねぇ」
「お香さんは知ってるんですよね。いいなぁ…可愛い鬼灯様が見たい」
頑張って想像しているのか、名前はうーんと唸りながら首をひねる。
しかし想像はただの想像だ。今知っている鬼灯の顔からでは、可愛い様子など思い浮かべることは難しい。
たしかに小さい頃は存在する。まさかあの顔で生まれてきたわけではない。
ダメだ!と頭を振れば、鬼灯の幼少期を知っているお香に助けを求めた。
「どんな感じですか?生意気な子供しか思い浮かばない」
「今とさほど変わらないと思うけど…そうね、小さい頃はもっと可愛げがあったと思うわ」
「ですよね。あんなに眉間に皺とかないですよね。目ももっと大きくて、今とは違って心も純粋で可愛い……」
改めて想像しだす名前の脳天に手刀が落とされた。
叫び声も出せずに悶え苦しむ名前を見下ろしながら、鬼灯はため息を吐いた。
「勝手に想像しないでください」
「だって、こんな鬼灯様でも可愛かった頃があると思うと気になって夜も眠れないんです」
「こんな、とはどういうことですか?」
「痛いっ!!ごめんなさいすみません申し訳ありません!」
謝罪を並べる名前は鬼灯の手を白刃取りするように押さえ、何とか追撃をかわす。
お香はそのやりとりに苦笑しながら、まあまあ、と宥めるのだ。
「いいじゃないですか、鬼灯様。それだけ名前ちゃんが鬼灯様に興味を持っているということだわ」
「別に持ってませんよ!こんな恐ろしい鬼神に可愛い頃があったと思うと誰でも気になるじゃないですか!」
「それを興味を持ってるというのよ」
「どっちにしろ確かめる方法はないですよ。写真もないですから」
確かめる方法はない。名前は残念そうにうな垂れてしまった。どうしても可愛い鬼灯を見たいらしい。
くだらないこと考えてないで仕事しろ、と鬼灯は名前の頭を叩いた。
そこで何かを思いついたのか、またしても名前ははっと顔を上げた。
「鬼灯様が子供生めばいいんですよ。鬼灯様そっくりな子が生まれてくるはず…!どうですか!」
「私は生めませんよ」
「じゃあ誰かと子供作ってください。鬼灯様ジュニアが見たいです!」
「相手がいませんから」
妙案だ!と確かに子供を作れば遺伝子を受け継いだそっくりな子供が生まれる可能性がある。
これしかないと鬼灯に子供を作るように言うが、残念ながらその相手がいない。男一人では子供は作れないのだ。
誰とでもいいから作れというわけにもいかない。どうしても諦めきれない名前は、頭を悩ませてひとつの方法を思いついた。
「そうだ、私が鬼灯様の子供を生みます!それでどうですか?」
「名前ちゃん!?」
「そうですよ、私なら生めますよ子供!」
自分は女性ではないか。これでどうだ!と深い意味も考えずに話しているだろう名前に、鬼灯は黙ったまま眉間に皺を寄せている。
お香はその突拍子もない言葉に驚くしかない。名前はこうしてとんでもないことを言い出す。
どうですか、どうですか、と鬼灯を揺さぶる名前に、お香は慌てて声をかけた。
「あのね名前ちゃん、少し落ち着いて」
「なんですか?」
「自分の言ったことを冷静に思い出してみて?」
え?とようやく落ち着いた名前は、お香の言うとおり自分の言ったことを振り返る。
すごくいい案を思いついたのに、何かおかしかったのだろうか。名前はひとつひとつ思い出すと呟いた。
「私が鬼灯様の子供を生む……」
そう言ったきり、名前も黙ってしまった。
「…名前ちゃん?」
「わ、私何を口走ってるんでしょう!?鬼灯様、これはなんというか、鬼灯様の子供姿が見たくてつい変なことを…」
「そうですか…名前さんが私の子供を生んでくれるんですね…」
「あの…お、怒らないでください。撤回しますから……」
謝る名前の肩を、鬼灯はがしっと掴んだ。
ごめんなさい!とその肩を震わせた名前は、ようやく合ったその視線に冷や汗を浮かべる。
これは手刀で殴られるだけじゃ済まないかもしれない。目を瞑った名前に、鬼灯は低い声で囁いた。
「私も名前さんの子供姿を見てみたい。子作りは今日にでもしますか?」
「え、え?」
「一緒に子供を作りましょう」
「…!?」
「なんだか変なことになってきたわ…」
驚く名前と迫る鬼灯。お香は頭を抱えてしまった。
見られないのなら作ってしまえばいい。お互いの子供姿が見たいのならそれが一番手っ取り早い。
混乱する名前に「自分が言ったんでしょう」と鼻で笑えば、名前の目を見つめた。
「今夜私の部屋に来てください。逃げないでくださいよ、私の子供を生むと言ったんですから」
ゆっくりと離れていく鬼灯に、名前は瞬きも忘れて鬼灯を見つめた。
やがて我に返ってお香に縋りつく。
「た、助けてお香さん!悲惨な状況が目に浮かびます…!」
「鬼灯様、あまり無理させちゃダメよ…」
「ええ。わかってます」
「お香さあああん!!」
頑張って、と名前を励まし、お香は苦笑いしたまま去っていく。
名前は今更自分の言ったことを後悔しながら、恐る恐る鬼灯の表情を窺った。どうやら本気のようだ。
次の日、やけに機嫌のいい鬼灯と、なぜか疲労困憊な様子の名前が目撃されたらしい。
無事に互いの子供姿が見られたのかは、まだわからない。