休戦協定


あんなに嫌いと言っていたのに、今ではプライベートでも上司に顔を出す熱心ぶり。
いつの間にか鬼灯さんの部屋で過ごす時間が長いのは気づかない振りだ。
鬼灯さんも追い出さないし、こうして座椅子代わりにして寄りかかるのはわりと好きだったり。
鬼灯さんはなにが楽しいのか後ろから私を抱きしめたまま何もしてないけど、温かくて気持ちいいからいいや。

あろうことか座敷童子たちにまで私の行動を叱られた気分で、あんな小さい子ですらわかっている私の気持ちに、自分自身が気づかないはずがない。
それでも自分から言い出すのは嫌で、けれどそういうときに限って鬼灯さんは言ってこない。

あまりにも静かな鬼灯さんをちらりと振り返れば、私を抱きしめたままうとうとしている。
なんてふわふわな時間を過ごしているのでしょう。これはもうすっかり丸くなってしまっている。主に私がだけど…。前なら絶対悪巧みをしているところだ。
こっちまで眠くなってきながら携帯に視線を落とす。ふと思いついた言葉の意味を調べてみた。

「わざと人に逆らう言動をする人。つむじ曲がり、ひねくれ者……」
「…何を調べているんですか?」

呟けば鬼灯さんが肩に顎を乗っけてきた。顔が近くなって、耳元で話されるのはまだ慣れない。
目を細めながら携帯に映る文字を眺める鬼灯さんは、面倒になったのか目を閉じた。
ぎゅっと抱きしめなおされれば答えを要求しているようにも思える。

「性格が捻じ曲がっている、人の嫌なことをする、性根が腐っている…」
「天邪鬼、ですか」
「よくわかりましたね」

ヒントを出すように他の意味を言えば、鬼灯さんはピタリと答えを導き出した。
さすが鬼灯さん。眠たそうなのに頭はよく働くんだね。

「鬼灯さんのことですよ、天邪鬼。今言ったこと全部当てはまりますから」
「酷いことを言いますね」

ひねくれてるし、人の嫌なことするし、性格捻じ曲がりすぎて手に負えない。
悪口の羅列に抗議するように鬼灯さんは頭をぶつけてきた。石頭め。
ぐわんぐわんとしながらくつくつと笑っていれば、鬼灯さんは不満そうな顔をする。眠気も飛んだようだ。
そして天邪鬼は何かという話になるのだ。

「そもそも天邪鬼という鬼はですね」
「語らなくていいです!」

そのまま解説しないでいただきたい。下手したら話が広がって朝まで延々と続くんだ。
口を押さえつければ鬼灯さんはもごもごとまだ何か言っている。それだけは勘弁と言い聞かせていれば、鬼灯さんは渋々頷いた。
天邪鬼って言ったこと怒ってるなこれ。

「人の隙を突いて悪戯をする鬼でしたっけ?毒を吐いて意地悪するとか、まさに鬼灯さんじゃないですか」
「悪戯でも意地悪でもないです。いじめです」
「そういうところが…いや、これは単なるSか…」

鬼灯さんの場合どれかわからないな。とりあえず私が酷い目に遭ってたら鬼灯さんは楽しそうだし。天邪鬼じゃなくてドSの方だったかな。ドSの意味でも調べるか…。
でも今は割りと優しいし静かだし、ひねくれ者が素直になったと思うとギャップというやつに萌え…ない。ただ心臓に悪いだけだ。
とにかく天邪鬼であることを説明してたら鬼灯さんも言うのだ。

「そういう名前だって天邪鬼ですよ。最初に言っていた意味はどれも名前に当てはまります」
「鬼灯さんと一緒にしないでください」
「今流行の言葉で言う、ツンデレでもいいですよ」
「それはもっと嫌です」

大体私は別に…いや、確かにひねくれた性格かもしれないけど。
なんだかブーメランになって返ってきてるようで、この話は早々に終わらせるべきだ。
鬼灯さんも思うところがあるのかそれ以上追求してこない。
さっきのように部屋が静まり返る。特に話すこともなく、文句を言うこともなく、けれどこうして見つめ合っているのはどうも…。
視線を逸らしてまた寄りかかろうとしたら、鬼灯さんが私の手を取った。

「名前、結婚しますか」

話すことがなくなって口から出るのがそれか。その目はまた私をからかっているときのものだ。
やっと言ってくれたけど…こうなったら。

「いいですよ」

冗談を言うのは簡単で、それでも勇気を出したほうだ。しっかり答えようと思ってたのに、やっぱり一歩は踏み出せない。
私の返答が予想外だったのか、鬼灯さんは驚いたようにピタリと固まった。
一瞬だけどわかる。自然に振舞ってもバレバレだ。思わずニヤニヤしていれば鬼灯さんもそれに気がついたようだ。

「今日は素直ですね」
「私はいつでも素直です」
「従順な名前もかわいいです」
「撤回」

鬼灯さんの手を振り払えば距離を取る。最近は鬼灯さんも油断してるから簡単だ。

「褒め言葉でしょう、かわいいは」
「従順の方ですよ。私は犬ですか」
「名前が私の犬ですか…それもなかなか…」

何考えてるんだよ。この変態め。
結婚のことだって実際本気で言ってるのかわからないし。でも別に鬼灯さんならいいし。
さらりと答えたせいで鬼灯さんも私が本気なのか疑っている。いつも私ばっかりだから、たまにくらい鬼灯さんも悩めばいいんだ。

珍しく茶化しもしないで黙っていれば、鬼灯さんも無言で私を見つめる。本当に心臓に悪い!
思わず視線を逸らせばいつも通りに戻ろうか。嘘ですよって言って困らせてやろう。
そう思って再び視線を合わせれば、鬼灯さんの表情に思わず言葉を失った。
その顔は滅多に見られないレアな鬼灯さん…!それはちょっとまずい。胸がきゅんとくる……。

「名前」
「な、なんですか」
「結婚しましょう」

その言葉を聞いて全身が粟立った気がした。
いつものからかいとは違う真剣な表情とトーンと、じっと見つめられる視線は私の思考を停止させる。
こんなの見慣れているはずなのに、そんなこと言われたら断れるわけがない。
前に一度敗北したときとは違う感覚がして、もしかしたらずっと待っていたのかもしれない。なんの策略もないストレートな言葉を。

「…はい」

小さな肯定に鬼灯さんはまた笑った。だからそれはダメなんだって!
かあっと顔が赤くなっていくのがわかって、耐え切れずに鬼灯さんに抱きついた。これで私の顔は見られまい。
甘えてくる私に気を良くしたのか、鬼灯さんも何も言わずに抱きしめてきた。

「もう嫌です。鬼灯さん嫌い」
「今頃照れ隠しですか?」

見計らったように言ってきて、私が確実に折れるとわかってて。
少し笑ってみるだとか小細工まで仕込んでいて、やっぱり鬼灯さんには勝てっこない。

「笑うのはずるいです」
「笑ってましたか?」

そんなつもりはなかったなんて本当かどうか…。もしそうだとしたらよりたちが悪い。

「笑ったくらいで照れてどうするんですか。それで夫婦なんてやっていけるんですか?」
「ふ、ふう…ふ……」
「これからもっと知らないこと教えてあげますから、覚悟してくださいよ」
「これ以上何があるっていうんですか…」

不穏な言葉に胸がときめくのはやっぱりどう言い訳しても好きだから。
二度目の敗北に私はもう、ふにゃふにゃに溶けきっている。
恐る恐る顔を上げればいつもの表情があって、見計らったように口付けされる。
「何するんですか!」と抗議するはずの台詞が「覚悟しておきます」と受け入れてしまったのは、ひとつ進んだ証拠だ。

1/4
[ prev | next ]
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -