後押し


今日も今日とていつものように机に向かって書類を捌く。
上司との攻防はほぼないと言っていいほど収まり、けれど気を抜くとこういうことがある。
積み重なった書類から出てくるなんとも心臓に悪い書類。鬼灯さんこれいちいち書き直してるのかな。
悪魔の契約書はかなりの頻度で紛れ込んでいる。

「もう…これなら殴り合ってたほうがマシだ……」

隣の机を見てみれば上司は視察のため不在。その姿がないと少し寂しく思うのは、すっかり毒されている証拠だ。
いたらいたで嫌なんだけど、いないとなんだか物足りない。これ本人に言ったら全力でからかわれるからやめよう。

鬼灯さんの名前が書かれた書類をいつものように握りつぶそうとして、ふと手を止めた。
もう何回懲りもせず…いや、人のこと言えないけど…。
転属願い書を出していた頃を思い出すと、同じようなことをしてたなと恥ずかしくなる。
鬼灯さん、毎回あの長ったらしい文章読んでくれてたのかな。

そんなことを考えていたら入り口の方で音がして鬼灯さんが戻ってきた。
いつもくしゃくしゃにしてゴミ箱に放り込んでいた書類を咄嗟に隠した。

「仕事は捗ってますか?」
「順調です」
「それで順調と言うのですか」

全然減ってない書類にさらに追加される仕事。本当に容赦ないな…。
ぐでーと机の上に突っ伏すれば「サボらない」と拳骨を落とされ、そういえば急ぎのものばかりだなと諦めるしかない。
進まないのは誰のせいだよ。変なもの紛れ込ますから…と文句を言うわけにもいかない。
睨んでいれば同じように睨まれて、それに少し満足してしまうのは仕方ない。惚れた弱みというやつだ。

「むかつく!!」
「イライラしてますね。生理ですか」
「死ねばいいのに」

なんてデリカシーのない奴だ。信じられない…と引いて見せても何食わぬ顔をして仕事を始める。
本当に何考えてるのかわからない。思わず隠した書類に後悔しながら、頭の中のモヤモヤを消し去った。
相変わらず挙動不審な私に鬼灯さんは気にすることもなく、何かを思い出すように顔を上げた。

「そういえば座敷童子さんたちが名前に用があると言ってましたよ」
「私に?…ああ、あれですね」
「あれ?」
「知りたいですか?」

ニヤニヤとしていれば鬼灯さんは「別に」と素っ気無い返事をする。
かわいそうだから教えてあげよう。

「ただのお出かけですよ。二人はあまり外に出ないので。どこに行きたいか決めたんでしょう」
「なるほど。すっかり打ち解けているようですね」
「羨ましいですか?」
「微笑ましいです。いつ家族になっても心配ないですね」
「…そういうことは言わなくていいんです!」

またそうやって油断してるところに言い出す。それも仕事の片手間に言うんだから本気なのかそうじゃないのか。
ただからかってるようにも見えるから困る。いや、真剣な顔で言われても困るけど。

咄嗟に隠した書類をこそりと机の上に上げれば、積みあがっている書類のおかげで鬼灯さんには見えていないだろう。
はぁ…どうしたものか。そろそろじわじわと私の気持ちが侵食されつつある…。これは近いうちにまた黒歴史が出来そうだ。
執務室に誰かが入ってきて、またその書類を隠した。しかし入ってきたのは座敷童子だった。

「名前さんここに行く」
「遊べるって書いてある」
「へぇ、新しく出来たショッピングモールねぇ」

雑誌を広げ「行きたい」と目を輝かせている。いや、いつものように怖い目だけれども。
でもはしゃいでいるのはわかって、外出するのが楽しみなんだなぁと思う。
いいよ、と約束をすれば、二人は鬼灯さんの方へ駆けていった。

「鬼灯様も一緒に行こう」
「四人で行きたい」

同じように雑誌を広げ、鬼灯さんの見ていた書類を遮るように置く。眉を顰めているあたり仕込じゃないだろう。
かわいいなぁと思っていれば、仕事の関係上悩んでいる鬼灯さんに二人は言うのだ。

「名前さんが一緒に行きたいって言ってたんだよ」

と。あれ……何を言っているんだろう。私一言も言ったことないんだけどな…。
その言葉に鬼灯さんはこちらに視線を向ける。同じく向けられる座敷童子の視線が怖い。
そして鬼灯さん、それは私をからかうときの表情ですよ。

「この子達を使わなくても、言ってくれればデートくらいしますよ。確かに最近忙しくて一緒にいられる時間が少なかったですね」
「いや、私は…」
「よかったね名前さん」

これは鬼灯さんの英才教育が功を奏してしまっている。由々しき事態だ。
どうして二人まで私を追い詰めようとしているんだ…!
わけがわからなくて戸惑っているうちに話は進んでいる。鬼灯さんも忙しいくせに休みを入れて、これはまるで家族でお出かけ……。

「名前さんどうしたの?」
「鬼灯様、また名前さんが変」

机に頭を打ち付ければごつんといい音がする。ああもう、余計なことを考えるな。自爆してどうするんだ。
可愛い二人に見つめられて私だけ首を振ることなんてできまい。
なんだか嵌められた気分で笑顔を引きつらせた。

1/2
[ prev | next ]
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -