ちょこれいと


「バレンタイン、チョコレート、好きな人……」

二月に月が変わると毎年そんな言葉が流行りだす。街のお店もここぞとばかりにチョコレートを使ったお菓子を売り出して、女性も男性もそんなイベントに一喜一憂だ。
手作りするとか、ちょっと奮発しようか、なんて私にはどうでもいい言葉が耳に入ってきてうんざりする。
私だって渡したい人はいるけれど私にそんな勇気はない。手作りしたところでそれは私のおやつになるだけだ。

「手作りか…。今年は少し頑張ってみようかな…でも……」

勇気を出したところで本人を目の前にして失敗するだけだ。
それは去年に経験済みで、やはり足が竦んで踏み出すことは出来なかった。
家に返ってラッピングを解くのがどれだけ寂しいことか。成功したらしい同期にはものすごく笑われた気がする。思い出すだけで私の勇気のなさに愕然としてしまう。
今年こそ…とは思うが、やっぱり心のどこかで無理だと思ってしまうのだ。

「どうしようかな…」
「独り言が大きいですよ」
「…!?」

急に飛び込んできた人の声に驚いて顔を上げる。誰もいない資料室だからと油断していた。
何冊かの資料を手に持ち二つ隣に腰を下ろすのは鬼灯様だった。

「い、いつから…」
「バレンタイン辺りから」

結構最初から聞いてたんですね。じゃなくて、なぜそのときに声をかけなかったのか。
独り言を聞くなんて趣味が悪いですね、なんて言いたいけど、それよりもここに現れた人物が問題だ。そう、私が密かに思いを寄せている相手は鬼灯様なのだ。

「今のはその…別に私がじゃなくて」
「どうでもいいです」

どうでもいいって、それならわざわざ独り言を聞いたこと言わないでくれたらいいのに。
恥ずかしさとふくれたので唇を尖らせれば、読んでいた資料に視線を戻す。
けれど見ていたのはさっき同期から借りたチョコレートのレシピで、それが視界に入って余計恥ずかしくなった。

「はぁ……鬼灯様はチョコいっぱい貰うんだろうなぁ」

ポツリと零れた言葉が静かな部屋に溶け込んでいく。あれ、私は今なんて言ったんだろう。
失言に気がついて口を覆えば、ちらりと鬼灯様を盗み見る。聞こえてないかな、離れてるし。いや、席二個分しか離れてないから絶対聞こえた。どうしよう。
これが鬼灯様に尋ねているのならよかったが、完全に独り言だ。動揺しすぎてうっかり言う内容じゃない。これじゃ気づかれてしまう。

「相手は私ですか」
「そ、その……」

視線は資料のまま呟く鬼灯様になんて言えばいいかわからない。
顔の中心に熱が集まってきて熱くなる。真っ赤な顔を隠すものもなく俯いていれば、鬼灯様は開いていた資料まとめて立ち上がった。
足音が近づいてきて私のすぐ隣で止まる。鬼灯様はチョコレートのレシピを手に取り眺めたあと、ヒラリと振って見せた。

「楽しみにしてます」

そう言って資料室を出て行った。ドアの閉まる音がやけに大きく響き、私の心音が大きくなっていく。それを聞きながら私は動けないでいた。
今のは受け取ってやるってことでいいのだろうか。たくさんの女性から言い寄られる鬼灯様が私の手作りなんかを受け取ってくれるということなのでしょうか。
バレンタインまであと何日だろう。失敗はできないと、はやる気持ちを抑えるので精一杯だった。
[main][top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -