恋と仕事と


「名前ちゃーん、獄卒辞めてうちで働きなよ」

朝ごはんの用意をするエプロン姿に白澤は何度目かの勧誘を試みる。
フライパンを持ったまま振り返る名前は「またですか」と目玉焼きを食パンに乗せた。

「何度言っても獄卒は辞めませんよ」
「どうしてさ。ここで働いたらずっと一緒にいられるのに」
「それはたいへん魅力的ですが、私はこれでも第二補佐官ですから。簡単に辞めることなんてできません」

さらにハムやレタスを載せればもう一枚の食パンで挟む。
手早く出来上がるサンドイッチに白澤はお腹を鳴らした。

「昨日食べたいって言ってましたよね」
「ありがとう。お腹ぺこぺこだよ」

今日の朝ごはんはサンドイッチ。名前は毎日朝夕とご飯を作っている。もっと言えば、最近名前の自宅はここ極楽満月である。
地獄で仕事をしてここに帰ってくる。それが面倒だからと白澤は獄卒を辞めるよう言うが、名前はなかなか頷かなかった。
第二補佐官が重要なポジションだということはわかっている。名前がいなくなれば地獄が更に忙しくなることも。
けれど白澤の思いとしては一緒に働きたいのである。あそこにはとても嫌いな取引相手がいるのだから。

「おいしい〜…けどさ、本当にダメ?アイツに止められてるとかじゃなくて、名前ちゃんの意思?」
「そうですよ。鬼灯様は特に何も。根本的に私が白澤様とお付き合いしていることは気に入らないようですが」
「ざまぁ見ろ。名前ちゃんは僕のものだ」

本当に仲が悪いですね、と苦笑しながら名前も食卓につく。
我ながら上手くできたサンドイッチを頬張れば、白澤はすでに平らげていた。

「でも気に入らないよ。名前ちゃんアイツといる時間の方が長いんじゃない?」
「仕事ですから仕方ないですね」
「くそ…何もされてない?セクハラとかパワハラとか。どさくさに紛れて触ってない?」
「鬼灯様はそういう方ではないですよ」

何を言っても冷静に返す。その意地でも獄卒を辞めたくないと言う理由に、少しでも鬼灯が関わっているのなら気に入らない。
名前の様子からそれはないように見えるが、それでも同じ職場というだけでとてつもなく不安になるのだ。
いつ手を出してくるかもわからない鬼の元へ。帰りが遅いと迎えに行ってしまうほど白澤は過保護だった。

「心配いりませんよ。もし手を出したら獄卒を辞めますと言ってありますので。鬼灯様は仕事優先の方なので安心です」
「そうかな…アイツ何考えてるかわからないし。というかそれって、手を出さなかったらずっと獄卒やるってこと?」
「そうなりますか?」
「…なんか複雑な気持ちだよ」

手を出されないのはいいことだが、ずっと獄卒のままなら結局一緒にいる時間は鬼灯の方が長くなる。かと言って手を出されるのはもってのほかだ。
同棲して新婚生活のような日々を送る自分たちの幸せに潜む気がかりな鬼神。
白澤は頭を掻き毟りながら唸り声を上げた。

「あーもう、すっごい腹立つ…!」

名前はお茶を飲みながらその様子を見守る。どうも鬼灯相手では冷静さをかける白澤である。
まぁまぁ、といつものことだと宥めてみるが、今回は大人しく引き下がらないらしい。
白澤は名前の手を握るとじっと目を見つめた。

「今日仕事サボっちゃいなよ。一日僕と一緒にいよう?」
「急に休むなんてできませんよ」
「僕といるのは嫌?」
「嫌じゃないですけど…」

冷静だった名前も白澤に見つめられてしまえば戸惑ったように目を泳がせる。
ほんのりと頬を染め、困ったように白澤を見つめる。名前が白澤に弱いのは白澤が一番知っている。

「一日いくらいいいでしょ?」
「でも……」
「僕と仕事…いや、僕とあの一本角どっちが大事?」

白澤と鬼灯。白澤は大切な恋人で、鬼灯は怒らせたら怖い上司だ。
名前は究極の選択に俯いてしまった。てっきり自分と断言すると思っていた白澤は困ったように名前の手を握り締める。
大事なのは白澤ではあるが、あとが恐いのは鬼灯だ。意地悪な質問をしてしまったと白澤は肩を竦めた。

「アイツに怒られるのが怖い?」
「…はい。だって…ミンチにはされたくないです」
「まったく、僕らの恋を邪魔するなんて本当にあの鬼神は疫病神だね。それなら…」
「白澤様?」

白澤は名前の携帯の電源を切って使わない鍋の中に放り込んだ。

「無視だ無視。今日は携帯放ってどこかに行こう。アイツの知らない秘密の場所に」
「えぇ……怒られるの私ですよ…」
「大丈夫、僕が全部被ってあげるから」
「私白澤様を失うのは嫌です…」

ほろりと泣く真似をする名前の冗談はあながち冗談じゃないかもしれない。
確かに恐いんだよな…と苦笑しながら白澤は名前を抱きかかえた。

「まぁまぁ、あとのことはあとで考えればいいよ。名前ちゃんとの仲を誰にも邪魔されたくない。いいでしょ?」
「…はい、白澤様」

熱心な視線に名前は再び頬を染める。その頬に小さなキスを落とせば、照れた名前は白澤にしがみついた。
お姫様抱っこをしたまま地獄の鬼神から逃げるように店を出る。
無断欠勤の名前に白澤のせいだと気がついた鬼灯は、きっと鬼の形相で白澤を探すだろう。そんな不穏な気配を忘れるように二人は一日だけの逃避行を楽しんだ。
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