流行に乗り遅れるな


「最近獄卒の間で告白が流行ってるらしいよ」

お茶を運んでいた名前に閻魔は礼を言いながら世間話を始めた。
名前は首を傾げながら考えてみる。告白、告白といえば…。
思い出したように顔を上げる名前は閻魔にニコリと微笑んだ。

「閻魔大王が数時間並んで買っていたドーナツ、鬼灯さんと二人で毒見しました。おいしかったです」
「ええ!?名前ちゃんまで!?…というか、全部食べなくても!」
「毒見です」

空になった箱を取り出しながら閻魔は机を叩く。せっかく並んだのにと相当悔しいらしい。
だって鬼灯さんがいいって言ったんです。名前は悪びれずにそう笑う。その笑顔はとてつもなく輝いていて、怒る気も失せてしまう。
ごめんなさい、とその顔で言われれば閻魔も諦めるしかない。そして落ち着くようにお茶を啜った。

「それにさ、告白ってそういうことじゃないよ」
「え、違うんですか?鬼灯さんの大切な金魚草を枯らしちゃったっていう告白もあるんですが」
「それはあとが怖いね……じゃなくて」

誰が暴露という意味の告白と言ったか。
そして名前の告白はなかなかにスリリングなものだ。バレたら最後、どんな仕打ちが待っているかわからない。
閻魔の「違うよ」という言葉に、ようやく恋愛に関する告白だと気がつく名前は興味なさそうに頷いた。
名前は恋愛よりも仕事派。胸がきゅんきゅんするような乙女な女子ではないのだ。
そのどうでもよさそうな返事に閻魔はため息を吐いた。

「本当に君らは恋愛に無関心だよね。もう二人で付き合えばいいと思うよ」
「君らって誰ですか?」
「鬼灯君だよ。同じ話したら同じ告白されたよ。ワシのドーナツ…」

そう言いながら恨めしそうに箱を見つめる。どうやらまだ落ち込んでいるらしい。
そんなにドーナツ食べたかったのかと名前は申し訳なくなりながら、鬼灯のことを思い浮かべた。
確かに鬼灯も恋愛より仕事を選ぶ鬼だ。同じことを言っていたのだと思うと面白い。
そしてやけに恋愛を押してくる閻魔に名前は言うのだ。

「恋愛なんて犬にでも食わせておけばいいんです。私にはペットの猫ちゃんがいますから」
「また同じこと言ってるよ…鬼灯君は金魚がいるからって」
「寂しい人ですね、鬼灯さん」
「君もだよ」

またしても被ったかと苦笑しながら、猫ちゃんに癒されてるんです!と声を上げる。
不思議な金魚で心が癒されるはずがないと、自分より寂しいのは鬼灯だというのが名前の主張らしい。
閻魔からしてみれば人(鬼)に恋していない時点でどちらも変わらないのだが。
かわいそう…というような哀れむ視線は諦めの色が窺える。

「この流行に乗じて君らもどこかに落ち着いてほしかったけど、ダメだね」
「何でも流行に乗るものじゃないですよ」
「もうずっと同じことばっかり。本当に君ら付き合いなよ」
「えー…まぁ、鬼灯さんならいいですけど」

今から誰かを好きになるなんて、まず相手を知るところから始まるわけで、それが一番面倒だ。
それならずっと同僚として働いてきた鬼灯なら、好意を向けることができるかもしれない。
そんな意味を込めて呟いた名前だが、閻魔はきっと理解してない。軽率すぎたと後悔したところでもう遅い。
閻魔は驚いたように顔を上げて、なぜだかとても喜んでいる。

「本当?いいと思うよ!ワシはずっと二人がお似合いだと思ってた!」
「いや、私が良くても向こうがダメなら成立しませんから。それに冗談のつもりで言ったんですけど…」
「鬼灯君にもあとで聞いてみよう」
「聞いてないし」

名前の声など届かない。実は二人がくっつけばいいと…と女子学生のように恋バナに盛り上がる閻魔に名前はうなだれた。
何でも流行りに乗りたがる閻魔の悪い癖。
ドーナツだって流行ってるからと仕事を放り出してまで買いに行き、今度は部下をくっつけようとしている。
そんなお節介上司を冷めた目で見つめる名前のところへ、タイミングよく鬼灯がやってきた。
閻魔はたった今仕入れた情報を披露するように前のめりになると嬉々とした表情で話を切り出した。

「鬼灯君、名前ちゃんと付き合うのはどう?」
「はい?まだ言ってるんですか。別に名前さんならいいですけど」
「そう言わずにさぁ……え!?」

鬼灯は抱えている書類を机に置きながらそう返事する。適当にあしらわれると思っていた閻魔は、さらに身を乗り出し素っ頓狂な声を上げた。
その横では名前も耳を疑っていた。

「もう古い付き合いですし、名前さんがよければ私は構わないですよ。そろそろ身を固めるべきだと思いますし、お互いに」

ちらりと視線を送られ名前は愛想笑いを浮かべる。突然そんなことを言われても冗談なのか量れない。
しかしその眼光はいつもより熱心で、名前は思わず視線を逸らしてしまった。
痺れを切らした閻魔は代わりに答える。

「さっき名前ちゃんが鬼灯君となら付き合ってもいいって言ってたんだよ」

余計なことを!と慌てる名前に対して鬼灯は「ほお」と頷く。

「そうなんですか?」
「いや、言いましたけど、言いましたけどあれは…」

冗談も込めて言ったんです。それを伝える前に鬼灯が名前の両手を包み込んだ。
思わずその大きな手と無表情を、行ったり来たりと見つめる。
この流れはまさか…と早まる心音に名前は息を飲んだ。

「私は名前さんのこと好きですよ。付き合ってみましょうか?」
「私もどちらかというと好きですけど…」
「では、そうしましょう」

そう言って鬼灯は名前に顔を寄せた。これから恋仲になるという契約を結ぶように、触れるだけの小さなキスを落とす。
いい大人なのに、と久々の胸の高鳴りに名前の顔は真っ赤に染まった。恋慕はなかったはずだが、今の一瞬で心に溢れてくるのはそういうことなのか。
久しぶりのキスに名前の頭は真っ白で、鬼灯はその様子にふっと笑った。

「そんなに照れるとは思いませんでした。もしかして初めてでした?」
「そ、そんなわけ…」
「冗談です。これからお願いしますね、名前」

からかうように頭を撫で、涼しい顔で言い残していく鬼灯に、名前は何も言えずにその背中を見送った。
横では閻魔がそれはもう中学生のようにはしゃいじゃってうるさいのなんの。
名前は「いきなり心臓に悪すぎる…」と呟くと、熱い顔を冷ましながら閻魔を殴った。
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