忘れ物


だんだんと肌寒くなってきた季節。防寒をしている人たちを見ながら、やっぱりマフラーしてくるべきだったかなと少し後悔した。
朝は慌てていたせいですっかり忘れていた。電車も一本遅らせて、この時間帯は一番人が多い。

「あ…」

そんなことを思っていると前方に見覚えのある姿を見つけた。
妙に威圧感のある大きな背中は彼しかいない。

「加々知さーん!」

とんっと肩を叩けば加々知さんは振り向いた。
おはようございます、と笑えば無表情で返してくれる。相変わらず愛想がない。
加々知さんは会社の同僚で、最近私の気になっている人。朝から会えるなんてちょっぴり嬉しい。
こっそり頬を緩めていれば加々知さんはちらりと私に視線を送った。

「寒くないんですか」

駅から外に出れば冷たい風が肌を掠めていく。首元がやっぱり寒いかもしれない。
加々知さんを見ればコートはもちろんマフラーもしていて暖かそうだった。

「まだ我慢できる寒さなので大丈夫です。でも今日は冷えますね」
「今日はこの秋最低気温だそうですよ」
「そうなんですか…」

道理で寒いわけだ。この調子なら帰りも寒いのかな。やっぱり忘れてくるんじゃなかった。でも真冬に比べたらまだ…。
ひゅう、と風が吹いて髪やコートを揺らす。冷たい風に手も冷え切っていた。
思わず肩を竦めて身を縮まらせれば、加々知さんは赤信号を眺めながら無言で自分のかばんを押し付けてきた。
持てということなのだろうか。いきなりのことに受け取れば、私の首に暖かいものが巻かれた。

「加々知さん…?」
「見てるこっちが寒いです」

ぐるぐるとマフラーが巻かれ、加々知さんは預けていたかばんを受け取る。
青信号になって歩き出す人ごみの中で立ち止まっていれば、加々知さんはどんどん行ってしまう。
それを追いかけるように走れば隣に並んだ。

「加々知さん、ありがとうございます…!」

返事もしない加々知さんは変わらず無表情。この何を考えているかわからないところが不思議でたまらない。
優しい加々知さんに嬉しくなってマフラーに顔を埋めると、さっきまで巻いていた加々知さんの体温が伝わってきて温かい。なんだか幸せな気分で寒さなんて感じなかった。
明日も忘れてこようかな、なんて思っていれば加々知さんに先手を打たれて、忘れてきても貸しませんと言っておきながら、本当に忘れたらきっと貸してくれるんだろう。
暖かいマフラーにドキドキしながら、会社までの道を一緒に歩いた。
明日からはこの電車にしよう。
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