日常になっていく


いつもより早く目が覚めて頭はスッキリ。テレビの占いは1位で、入れたお茶には茶柱が立った。
何か良い事があるかも、と思いながら出勤したというのに…。

「いつもと同じかよ!!」

廊下に響く私の声。それを涼しい顔で見下ろす上司兼恋人の鬼灯さん。朝の挨拶は飛び蹴りでした。
叫びたくもなるよ。だって仮にも私は鬼灯さんの恋人なわけです。彼女です。好きな人です。こんな仕打ちありますか!
手も差し伸べてくれない鬼灯さんは、立ち上がった私に普通に挨拶してきた。
おはようございますじゃないよ。最初の飛び蹴りはいらないよ。

「鬼灯さん、私たちって恋仲になったんですよね」
「ええ。昨夜は愛を確かめ合ったじゃないですか」
「死ねばいいのに」
「今日はまたいつもより口が悪いですねぇ」

知るかそんなこと。鬼灯さんが余計な事を言うから悪いんだ。
文句を言おうと思ったのにこれだ。急に優しくなられても困るけどさ、あまりにも変わらなさ過ぎて何かを期待していた自分が恥ずかしい。

「酷いです」
「愛情表現です。名前のことが好きすぎていじめたくなる」
「捻じ曲がった愛情表現…」

そしてさらりと言われる「好き」という言葉。あぁもう、ドキってするな私の心。
鬼灯さんはそれを見透かしたように私に近づいてくる。別にキスくらいなんともない…。
そう思っていたら鬼灯さんは私の肩に顎を乗っけた。

「今キスされると思いましたか?」
「…思ってません」
「して欲しいならしてあげますよ?」
「いらないです!」

いらないって言ってるのに近づいてくるな!その整った顔を見てると心臓に悪いんだよ。
なんで朝からこんなにドキドキしなくちゃいけないんだ…。耐えかねて目を瞑れば、鬼灯様は耳元で呟く。

「言わないとしませんよ?」
「だ、だからいらないって」

そう答えれば鬼灯さんは「そうですか」とあっさり引き下がった。そしてそのまま廊下を歩いていく。
本当にしないんだ…。何食わぬ顔で歩いていく姿は、今の今まで私をからかっていたとは思えない。
なんだかそれはそれで腹が立つような、残念というか。鬼灯さんに追いつくように小走りで並べば、鬼灯さんは私の手を握った。
…普通にそういうことする。

「振り払わないんですね」
「…別に……嫌じゃないから」

ぽつりと呟けば鬼灯さんには聞こえているだろうか。
鬼灯さんは立ち止まると私を見つめ、今度こそ顔を近づけてきた。
こんな廊下の真ん中で…と思ってもそれを受け入れてるのがおかしい。昨日の今日で私に一体何があったのだろう。
すっかり受け入れ態勢の思考を掻き消し、近づいてくるそれに目を瞑った。
そしてその顔面に頭突きをお見舞いしてあげた。

「挨拶を忘れてました」

そう言ってあげれば、本当に痛いのか鬼灯さんは顔面を押さえながら私を睨んでいる。なんて怖い顔なんでしょう。
でも鬼灯さんにやり返せたね。やったね!やったぁ…。
せっかくのいい雰囲気を壊されて鬼灯さんはお怒りです。それと私にやられたことが悔しいようです。
これは倍返しどころの話じゃなさそうですね。

「これが恋人に対する態度ですか」
「そっくりそのままお返ししますよ」

先に仕掛けてきたのはそっちだろうに。それに痛いのはこっちだよ。鬼灯さんの石頭め…私の方が大ダメージだ。
幸いたんこぶのできていない額をさすっていれば、鬼灯さんも同じようにさすりながらため息を吐いた。わざとらしいったらありゃしない。

「いいですか、ただ大人しい人と付き合うなんて面白くない。立ち向かってくる人を折りながらその反応を楽しむのがいいんじゃありませんか」
「それを恋人に求めるなよ」
「恋人だからいいんでしょうに」

ろくなこと言わないね。
鬼灯さんがそういう趣味だというのは今まででよ〜くわかってはいたつもりだけど、こうも宣言されてしまうと私はどう反応していいかわからない。
それに恋人だからいいってどういうことだよ。意味わからないよ。そう思っていれば私の疑問は読まれている。

「名前とあんなことやこんなことをして屈服させるのがどれだけ楽しいことか」
「本当に死ねばいいのに」

舐めるような視線に私の顔は引き攣った。相変わらずのセクハラ発言。しかもなんだよそのバリトンボイスは!
確かに昨日は乗り気じゃなかった私を徐々に…ってそんなことどうでもいい!鬼灯さんが言うように屈服まで行かなくとも溺れかけていたなんてわざわざ考えることではない。やめようこの思考。
なんだかいつも通りすぎて笑えない。でも安心するといえばするような…。いやいや、あまりにも変わらなさすぎて…。
堂々巡りしそうな思考はいつものことで、私も相変わらず鬼灯さんに振り回されっぱなしだ。…やっぱり腹立つ。
冷めた目で睨んでいれば、鬼灯さんは

「半分は冗談ですよ。いきなり態度を変えたら名前が困ると思って」

と悪びれずにそうのたまう。半分冗談でも半分は本気なんだよね。もう嫌だこの上司。
仕事でもプライベートでも一緒って、これから私はどうなってしまうんだろう。
そう考えると憂鬱で、昨日のあの辞令は素直に受け取っておくべきだったかと考えるレベルだ。
とりあえず何か言い返してやろう。このままペースを持っていかれるのは不本意だ。頭突きだけじゃ足りない。
そう思って口を開いたのに、鬼灯さんはそれを見越したように先手を打ってくる。

「しかし…名前は私と恋人らしいことをしたいんですね。名前が素直にそういうことを望むとは、人は恋をすると変わるというのはあながち間違いではいないんですねぇ」

ほら来た。そうやって言い返せないようなこと言って私を追い詰める…!
誰がそんなこと望んでるか!いや…少しくらい優しくなるかなって。朝の酷い挨拶くらい改善するかなって。
でもそれしか思ってない。思ってない…。この思考どうにかならないのかな!

「少しはパワハラやセクハラが減って働きやすくなるかと思っただけです」
「本当ですか?」
「本当です」

数秒鬼灯さんと見つめ…睨み合う。お互い腹の中を探っているような、恋人同士がする光景じゃない。
鬼灯さんの視線は相変わらず鋭いもので、ここで私が逸らせば負けだ。

「まぁ、今はそれでいいです」
「今は?」
「名前が素直になってくれるのを待ちましょう」

ぽんぽんと頭を優しく撫でると私の手を取って再び廊下を歩き出す。
なんだかすごくイラつくのはなんでだろう。振り払うように繋いでいる手を離せば、今度は恋人繋ぎなんかしちゃって逃げられそうにない。
どうも鬼灯さんの行動は読めない。涼しい顔して何でもないようにして。鬼灯さんは一切変わってないのに私だけがあたふたしていて納得がいかない。
「絶対仕返ししてやる」なんて言ったけど、この調子じゃいつの話になるかわからない。朝から精神的ダメージが酷くて今日はもう帰りたい気分だ。

「あ、鬼灯君と名前ちゃん。おはよ〜」
「おはようございます。名前、なぜ逃げるのですか。挨拶しなさい」
「手離せ…!」

鬼灯さんわざとやってるよね。閻魔大王が歩いてくるのわかって手繋いだよね。簡単に振り払えたと思ったよ。繋ぎ方変えるためにわざと…。
大王はそれを見てにこやかに笑っている。昨日からその笑顔向けてくるのやめてほしい。

「相変わらず仲が良いねぇ」
「そうでしょう?」

やっと手を離してくれたと思ったら肩を抱いてきて、ちらりと送られてきた視線はなんだかいつもと違う優しいものでつい釘付けになってしまう。
鬼灯さん本当は嬉しいのかな。あれだけアピールしてたし、昨日少しだけだけど私が素直に好意を向けたことが…なんて思うと、鬼灯さんの行動も照れ隠しのように見えてこれでも可愛げがある。
大王と話す横顔に、肩を抱かれているのなんて忘れてつい見とれてしまう。
何だかんだ言って私だって鬼灯さんのこと嫌いじゃないし…。
言い訳をしながら恥ずかしさに視線を落とせば、ようやく二人の会話が耳に入ってくる。

「昨夜は甘えてくる名前を満足させるのが大変でした」
「そうなの…ともかく二人が上手くいきそうでわしは安心だよ」

この上司は一体何を話しているんだろう。
最初から聞いてなかったからわからないけど、また余計なこと言いふらしてるよね。でたらめなこと言ってまた私を恥ずかしがらせようとしてるよね。
というか何の報告だよ。なんで無関係な閻魔大王に話してるんだよ。大王も思わず苦笑してるじゃないか!
腕からすり抜けて思い切り蹴ってやれば鬼灯さんは痛がりもせずに私を見下ろしてくる。
ちょっとでも許した私が馬鹿だった。げしげしと八つ当たっていれば蹴飛ばされて転ぶし。本当にろくでもない奴だね!

「鬼灯さんなんて大っ嫌い」
「君たち付き合ってるんだよね?」

首を傾げる閻魔大王の疑問と同時に業務開始の鐘が鳴った。

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