悪戯ができる日


「トリックオア」
「はい、お菓子」

たった今、年に一度のチャンスを無駄にしました。
鬼灯様は普段お菓子を持ち歩いていない。お風呂上りなら尚更だと大浴場の前で待ち伏せしていたのに、鬼灯様はいつもの涼しい顔でかわいらしい包み袋を渡してくれた。
これじゃあ悪戯ができない…!

「なんでお菓子持ってるんですか!?お風呂にそんなもの持って行く必要はないでしょう?」
「いつ仕掛けてくるのかとずっと持っていたんです。あなたの思惑はバレバレですよ」
「なんてこった…」

私の計画がバレていたなんて…。
せっかく鬼灯様に猫耳付けてあげようと思ったのに。写真撮って待ち受けにして、見るたびにニヤニヤしようと思ってたのに。
朝からソワソワしていたのがいけなかったらしい。
失敗したと項垂れていれば、鬼灯様は私の肩を叩いた。顔を上げれば鬼灯様は手を出している。
そして

「トリックオアトリート」

と呟いた。

「え?」
「え?じゃないですよ。お菓子ください。でないと悪戯ですよ」

ほら、と鬼灯様の大きな手が差し出される。
しばらく考えた末、先ほど貰ったお菓子を手の上に乗せる。鬼灯様は当然それを私に返した。
だって私、お菓子持ってないもん。

「持ってないです」
「では悪戯ですね」
「待ってください!まさか鬼灯様がそれを言うとは思わなくて…」
「悪戯は好きですから」

そうだった。むしろハロウィンなんて鬼灯様が好きそうなイベントじゃないですか。
しまったと思ってももう遅い。懐を探ってみるも飴玉の一つも入っていない。
鬼灯様は満足そうに私に手を伸ばした。

「あの、痛いのは勘弁してください。金棒はやめてください」
「そんなことしませんよ」
「鬼灯様から悪戯って聞くだけで怖いんです!」

自然と後ずさっていれば、鬼灯様は私の腕を強く引いた。
引き寄せられて鬼灯様と近くなる。鬼灯様の顔を見上げればそれはだんだんと近づいてきた。

「往生際が悪いですよ。大人しく悪戯されなさい」
「い、悪戯って何を……」

気がつけばすぐそこに鬼灯様の顔が。このシチュエーションはまさか…!
見つめていることもできなくてぎゅっと目を閉じる。ドキドキとうるさい心音と、熱くなっていく頬。
気がつけば鬼灯様が耳元で「もういいですよ」と呟いた。
何がいいんだろう…。恐る恐る目を開けてみても、目の前にはいつもと変わらない鬼灯様がいるだけだ。

「あの…」
「何を期待したんですか?」
「べ、別に…!」
「ほら、悪戯はしてあげましたから」

私の目の前に差し出される手鏡。そこに映っているのは私の顔…なんだけれども、何かがおかしい。
黒いペンで鼻の下にはちょび髭が、頬には猫の髭が、おでこには肉という文字。目を閉じればまぶたに目が書かれていた。
これは…顔に落書きされた!?

「何ですかこれ。何してるんですか!」
「悪戯です」
「しかもそれ油性…!!」

鬼灯様の手に握られているのは油性と書かれたマジックペン。急いで顔をこすってみても全然取れない。
顔に変な感触がするなとは思っていたけど、まさか落書きされてるとは思わなかった。だって、あのままいくと普通は……ねぇ?
もう何がなんだかわからなくて混乱している私は落ち着くように深呼吸をした。これ、落ちるかな…。

「傑作ですよ」
「こんな小学生みたいな悪戯…」
「不満ですか?」

不満というか、ちょっと期待したのに…なんて言えるはずもなく。
黙って俯いていれば鬼灯様は私の顔を覗き込んできた。

「大人な悪戯をしてあげてもいいですよ?」
「いらないです」
「何を拗ねているのですか」
「拗ねてません!」

気がつかれているのが恥ずかしくて思わずふい、と顔を逸らした。
そんなあからさまな態度を取れば認めてるようなもので、鬼灯様はふ、と目を細めた。

「さっきの期待してたんですね」
「し、してません!」

ぴとりと唇に鬼灯様の指が触れる。
また私の顔が染まっていく。こんなにわかりやすい返答はないだろう。
悪戯しようと思ったのに逆に悪戯されて、今は完全に遊ばれている。こんなはずじゃなかったのに…!

「して欲しいならしてあげますよ」

そんな言葉にまた期待する自分が恥ずかしい。
さっきと同じように鬼灯様が近づいてくる。今度は手にペンは握られていない。私はゆっくりと目を閉じた。
そして、鬼灯様は私に口付けを……。

「あ、あの、鬼灯様?」
「……すみません」

してくれると思いきや、鬼灯様は廊下の壁に手をつきながら何かを堪えている。
すみません、という言葉もなんだか震えていて、またしても私の期待は裏切られた。
どうすることもできない感情に戸惑っていれば、鬼灯様はようやく顔を上げた。

「とりあえずそれ落としましょう」
「え?」
「落書きです。キスはそのあとでも」

思い出したのかまた鬼灯様は顔を隠すように後ろを向いた。
落書きって…まさか、鬼灯様はこの顔の落書きを見て笑っている…?そうだ、まぶたにも落書きがしてあって、目を閉じるともうひとつの目が…。
ただでさえ醜い顔になっているのに、キス待ちの表情がそれだなんて台無しだ。

「もういいです!!」

貰ったお菓子を投げつければ逃げるように廊下を駆けた。
なんて最悪なハロウィンなんだろう。もういろんな意味で泣きたくなってくる。
ドキドキとまだ収まらない心を隠しながら、すれ違う獄卒の驚く姿を横目に自室へと駆け込んだ。
今日はもう立ち直れそうにない。
[main][top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -