男嫌い


午前中の業務が終わり時計の針は12時を指す。
獄卒たちはそれぞれお昼休みとなり、食堂や飲食店は賑わい始める。
そしてここ、閻魔殿の法廷も賑わっていた。

「名前様、一緒にランチ行きましょう!」
「私と行きましょう!この間約束しましたよね?」
「私も行きたいです!」

女獄卒たちが法廷の真ん中に群がってランチのお誘い。手を握って目をハートにし、名前様名前様と黄色い声を上げる。
その中心の人物、名前は慣れたように女獄卒たちを宥めていた。

「ここじゃ迷惑だから外に出ましょう。みんなで食堂じゃダメですか?」

きゃあきゃあと騒がしいその集団は名前の後ろをついていく。きっと食堂でもこの調子だろう。
お昼の恒例行事に通りかかった唐瓜と茄子は、相変わらずの名前のモテっぷりに感服するしかない。

「名前さんって女性だよな?」
「女性に紳士的な女性って鬼灯様が言ってたよ。唐瓜お前見習ったら?」

女性に囲まれながら涼しい笑顔で受け答える名前は、顔立ちも整っていて男ならイケメンだっただろう。
男たちも名前が男ではないから悔しがろうにも悔しがれない。
男たちの羨望の眼差しを受けながら名前は女性たちを連れて食堂へと向かった。

「名前様の隣!」
「ずるい、じゃあ私はこっちの隣!」
「では私は正面に」
「食堂なんですから静かに……」

しましょうね。名前はその台詞を飲み込んで目の前に座った人物に顔を引き攣らせた。
視認してから一秒も経たずに後ろへ飛び退く。椅子がひっくり返るのなんてお構いなしだ。
名前はその人物と確実に距離を取ると驚いた心を落ち着かせるように息を吐いた。

「鬼灯様はダメです!ここは女性だけのスペースですよ。男子禁制です!」
「たまにはいいではないですか」
「わあああ、近づかないでください!」

ぶんぶんと手を振り回し近づいてくる鬼灯を牽制する。挙句の果てには名前の周りにいた女性を盾に身を隠した。
盾になった女性たちはどちらにつくか迷っているだろう。
女性たちにとってはイケメンが二人。できることなら一緒に食事をしたいわけである。

「名前様、鬼灯様ならいいんじゃないですか?」
「そうですよ、お昼くらい…」
「ダメ!絶対無理!半径3メートルに男を入れたくない!」

普段女性に対しては余裕を見せている名前だが、男性関係になるとてんぱってしまう。名前は大の男嫌いなのだ。
仕事上男性と接触する機会は多いが、それでも極力避けている名前はいつも誰かしら女性と一緒にいる。こうして盾にするために。
書類など物を渡したりするときはまだしも、それ以上の接触は絶対に無理と断言している。
名前は鬼灯と目を合わせないように女性の背中にしがみついた。
そうすればいつもと違う名前の弱々しい姿に、女性たちはきゅんと来るわけだ。

「鬼灯様、名前様が嫌がっているので…」
「それにここは男子禁制のスペースです」
「名前様を泣かせるのは鬼灯様でも許せません!」

名前様のためなら!と鬼灯に食って掛かる女性たちに鬼灯は「仕方ありませんね」とその場をあとにする。
たまに繰り広げられる攻防で、お昼のドラマを見るより面白いと獄卒の間では有名である。
なにしろあの鬼灯が退くのだ。女性のパワフルさには勝てないらしい。

「皆さんありがとうございます…!」
「名前様のためですから!」

こうしてより名前たちの結束は固くなり、お昼の食堂は騒がしく始まるのだ。



「名前様、クッキー焼いたんですけどよければ食べてください!」
「名前様、おいしい甘味処を知ってるんですけど一緒にどうですか?」

書類を提出しにくる女獄卒たちからモテモテの名前は3時のおやつどきにも囲まれる。
名前は貰ったクッキーをつまみながら「おいしいです」と頬を緩める。
そうすればその綺麗な笑顔に女性たちはハートを射抜かれるのだ。

「鬼灯君今日も振られたんでしょ?よくやるよね」
「振られたのではなく私が一旦退いたんです。女性たちを敵に回すと怖いですからね。最近やけにガードが固くなったような気がします」
「男嫌いにあんなにアピールしてたらそりゃあ嫌われるよ」
「嫌われてないです」

名前に近づいては周りの女性に追い払われるのが最近の鬼灯だ。
男獄卒からは勇者とまで言われている。それほどに男が名前に近づくのは難しいことらしい。
閻魔は懲りない鬼灯に「諦めなよ」と助言してみるが、鬼灯は一向に諦める素振りを見せずに、どちらかといえば燃えている。
名前も妙な男に目をつけられたものだと同情するしかない。

「ちょっと逝ってきます」
「字大丈夫?」

今度の休みの日にデートに誘われている名前目掛けて鬼灯はまっすぐと歩き出す。
女性たちも名前に夢中で全然気づかず、掻き分けて入っていってもまさか男性だとは思うまい。
ぽん、と肩に触れた鬼灯に、名前は身を震わせた。

「きゃあああ!!だから半径3メートルに近づかないでください!」
「私もいいお店知ってますよ。デートは私と行きましょう」
「話聞いてください、離して下さい!!」

イヤイヤと首を振る名前は今にも泣き出しそうだ。相手が鬼灯でも手元にある金棒を振り回す。
女性たちはその金棒から逃げるが、鬼灯はびくともしない。名前の行動は逆に仲間を遠ざけてしまった。

「本当に男性は無理なんです…!」
「じゃあ、私を女性だと思ってください。ほら」
「何がほら、ですか!…ひっ」

ぎゅ、と後ろから抱きしめられ名前の手から金棒が滑り落ちた。金魚草のようにぱくぱくと口を開き固まる体。
女性たちは心配しながらその様子を見守った。美男美女が戯れている光景はさぞ目の保養になることだろう。
半べそ状態の名前に鬼灯は耳元に囁いた。

「名前さん、好きです」
「いやああああ!!」

言い終わらぬうちに、ぐるんと鬼灯の視界が反転した。気がつけば床に背中から落ちている。名前が鬼灯を投げ飛ばしたのだ。
抱きしめられた時点で耐えられないのに、耳元で喋られたらたまったものじゃない。
名前はじりじりと後ずさるように顔を隠しながら鬼灯との距離を取った。その顔は耳まで真っ赤だ。
ぽかんとする女性たちと閻魔。何が起こったのか整理し切れていない鬼灯。
ゆっくりと起き上がる鬼灯に名前はさらに距離を取った。3メートルどころではない。

「まさか投げ飛ばされるとは」
「来ないでください来ないでください!」
「男が嫌いなのにそんなに顔を赤くして、勘違いしますよ?」
「だ、だから来ないでって…」

足が竦んで動けない名前は近づいてくる鬼灯に逃げることさえできなかった。
鬼灯は名前の目の前に来るとじっと目を見つめる。名前は指の隙間から鬼灯の顔を窺った。

「嫌なら逃げればいい。嫌いなら嫌いと言えばいい。無言は都合よく解釈します」
「私は男性が無理なんです…」
「男性だからではなく、私のことはどうですか?」
「ほ、鬼灯様は……」

ごくりと誰かが唾を飲み込んだ。名前は顔を覆っていた手を目の下まで下ろしながら鬼灯を見上げた。
まごうことなき男性。けれど今こうして3メートル以内にいる。嫌なはずなのに体は逃げようとしない。
名前は気持ちを整理して口を開いた。

「鬼灯様のことは嫌いじゃないです!!」

今度は名前の強烈な平手打ちが鬼灯の頬に炸裂した。
これも鬼灯としては予想外の展開。なぜ殴られたのかがわからない。
今の雰囲気から行けばそこは恥ずかしそうに気持ちを伝えるところではないのか。
名前はすっかり青ざめてしまっている女性たちの元へ駆け寄ると、「行きましょう」と逃げるように法廷をあとにした。女性たちはハッとしたように名前を追う。
法廷に残ったのは放心する鬼灯と苦笑する閻魔。

「私自身は拒絶されてないですけど男性として拒絶されましたね」
「鬼灯君を殴るなんて大胆…」

じりじりと痛む頬をさすりながら鬼灯は顔を上げた。そして小さくガッツポーズをするのだ。

「とりあえず進展しました」
「え、悪化してない?」

それ以来名前はさらに鬼灯を避けるようになったらしい。それが男嫌いだからなのか照れ隠しからなのかは本人にしかわからない。
そして名前の鬼灯を殴ったという武勇伝はさらに女性たちの心に火をつけるものになったとか。

「髪を伸ばしたら少しは男らしさがなくなりますかね」
「鬼灯君、もう諦めなよ」

鬼灯はめげずにアタックし続けているらしい。
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