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「あ、あの…」
「診察室に入ってきたあなたを見た瞬間、私の心はあなたに一瞬で奪われました。熱のせいかぼんやりと憂いを含んだ目、赤く染まった頬。熱く吐き出される息に心臓が鷲掴みにされた感覚に陥りました。そんな感情は今まで味わったことがなかった。私は生まれて初めて恋をしました。一目ぼれをしたんです。」
頬を撫でながら愛おしい、という目で俺を見る。その目に何だかいてもたってもいられなくて、きょときょとと視線をさまよわせる。そんな俺の態度さえも見逃すまいと、微笑んだまま俺から目を離さない。
「いけない、医者としての使命を全うしなければ…。そう思うのに、私はあなたから目を逸らせなくて。…服をまくり上げられた時に見せていただいたかわいらしい乳首に理性が飛びました」
「あれ、わざとかよ!!」
「その後、入院中に私を全面的に信頼して体を預けてくれるあなたに何度理性が飛んだか…。毎回かわいらしい乳首を堪能させていただきました」
「あれもやっぱわざとか!」
初めて聴診器を当てられて、何度も乳首を掠められた事を思い出す。それから、風呂に入れないからと体を拭いてくれた時も、何度も…
思い出して恥ずかしくてたまらなくなって、文句を言おうと立ち上がると思い切り手を引かれ俺は正面を向いて座る形で先生の膝をまたいでいた。
こ、これ、対面座位とかいうやつじゃあ…
先生はその体制に真っ赤になる俺をひどく嬉しそうに見ている。
なんだかいたたまれない。
「赤川さん。愛してます。男同士で気持ち悪いとお思いでしょうが、私はこの気持ちを隠すことも否定することもできません。私を、あなた専属の主治医にしていただけませんか?」
まっすぐに、真剣な目をして告げられた言葉に、俺は真っ赤になって口ごもってしまった。
正直、俺は平々凡々なただの男で、恋人どころか告白なんてされたこともない。こんなに熱烈に思いを寄せられるだなんて、生まれて初めてなのだ。
…でも、男同士だなんて。世間一般では、受け入れられるはずもない。俺は小さな人間で、先生みたいに自信にあふれ堂々としていられる自信がない。…それに、平凡なただの男であるこんな俺が、先生にふさわしいわけがない。
そう思ってお断りしようかと口を開いて、俺の腰に回っている先生の手が、震えていることに気がついた。目の前の顔は、先ほどと変わらず笑顔でいるのに。
『男同士で気持ち悪いとお思いでしょうが』
先生は、さっき確かにそう言った。ということは、先生もわかっているんだ。それが、本来世間では受け入れられるはずもないことを。
先生は、もの凄くイケメンだ。しかも医者で、ものすごく優秀で。さっきの看護師のように先生をねらっている人はごまんといるだろう。この人は、いくらでも選べる立場なのだ。
階段下で看護師が叫んでいた。
『あんな平凡なただの学生』
本当にその通りだ。自分でもさっきそう思った。俺が先生の側にいても違和感のない男だったら。先生みたいに格好良かったり、何か特別秀でているものがあれば例え男同士であろうと、何も言われないだろう。
…それでも、そんな、極上の男が、俺みたいな平凡な男を選んだ。
側に置くには、後ろ指指されるようななんのプラスにもならないような平凡な俺を『愛している』と公言してくれた。
「…おれ、バカなんですよ。病気のことなんか何にも知らないし、けがの手当だって消毒液ぶっかけるくらいしか知らないし。」
「…」
「…だから、あなたが、そばにいてくれないと、困ります。お、俺の、俺だけの先生になって、健康診断、してください。――――これから、ずっと。」
さっき、熱を計るとキスをされた時、悲しかった。ただのそんな理由で、キスされたって事実が悲しかった。
はじめのキスも、先生に世話をされるのも、イヤじゃなかった。
それはどうしてか?
――――俺も、先生が好きだからじゃないのか。
震えながら俺を求めてくれた。
そんな先生に、世間がどうとか、自分がどうだからとか言う理由でお断りなんてできない。…したくない。
だったら、俺も素直になって自分の気持ちを認めよう。
――――この人の側にいたいと。
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