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4

その日の夜、俺の病室にいつものように現れた加藤先生を見て眉を下げてしまった。そんな俺のいつもと違う様子に気が付いたのか、先生が笑顔を曇らせて俺のそばに寄ってくる。

「どうしました?また具合が悪くなりましたか?」

優しく頬に触れてくれるその手に、不覚にも泣きそうになった。

「…あの、先生…。ごめんなさい。俺、知らなくて…。」

申し訳ない気持ちでいっぱいになって、ぽつぽつと謝罪をする。初めは黙って心配そうな顔をして聞いていた先生が、段々と無表情になっていった。やっぱり、怒ってるんだ。見ていられなくて俯きながら謝罪を続ける。

「だから、おれ、もう大丈夫です。これからは、なにかあったら看護師さんに…」
「…誰ですか、あなたにそう言ったのは。」


聞いた事も無いような低い声で問われ、驚いて顔を上げるとそこには氷のような表情をした先生がいた。

「せん、せ…」

震える声で小さく呼んだ俺の声にこたえることなく、先生がさっと背中を向けて病室を出て行く。バタンと扉が閉まって、ようやく我に返った俺は慌ててベッドから飛び降りた。


何でかわかんないけど、先生すっげえ怒ってた。俺が怒らせちゃったんだろうか。でも、なんとなく。なんとなくだけど、さっきの先生を見て、俺は追いかけなきゃって思ったんだ。
足のリーチが違うから、俺が病室を出た時には先生はもう廊下の端にいたんだけど必死になって追いかける。夜だから、他の患者さんの迷惑にならない様に走るんじゃなくて早歩きで。

「せんせ…」
「加藤先生!どうしました?」

ようやく追いついた階段の踊り場で、俺が上から声をかけようとしたのと同時に下から上がってきた看護師さんが先生に声をかける。それは俺に忠告をしに来た看護師さんで、思わず咄嗟にしゃがみ込んで二人にばれない様に階段の陰に隠れてしまった。しまった。俺、何やってんだろう。

完全に出て行くタイミングを見失った俺は仕方なしに二人の会話が終わるのを待つことにした。


「…また赤川さんのところですか?」
「あなたには関係ありません」


聞こえてくる二人分の声は、どちらもすごく冷たくて聞いているだけの俺の方が竦んでしまうくらいだった。
看護師さんの声は、俺への嫌悪に満ちていて。
先生の声は…、声、は…


看護師さんが自分に対して関与をする事を許さない。
まるで、大事なテリトリーを守る獣のような声だった。



「…っ、なぜ、ですか!なぜ、あんな子供一人にばかり構うんです!?あなたは、選ばれた人だ!沢山の患者が、あなたを待っていると言うのに…っ」
「私は他の患者さんをないがしろにした記憶はありませんが。」



医者としての正しい態度を盾に俺に関わることを責める看護師さんに、先生がぴしゃりと言い放つ。

「私は確かに彼の元へ赴いてはいました。ですがそれはすべて自分にできた隙間の時間で行っており、他の患者さんを放り出してまではしませんでしたが?」
「で、でもっ」
「それに、元々私はここの医師ではありません。急遽学会に出られることになられた先生の代わりに、あの日1日だけ代診で入ったのはあなたもご存知のはずです。きちんと在職している医師のコマが振り分けられているこの病院に、私の診察枠はありません。
故にこちらの病院で、私が本来受け持つ患者が一人もいないのをあなたはご存知のはずですが?」


先生の言葉に、看護師さんはぐっと黙り込んでしまった。俺はというと、死角にしゃがみ込みながら驚いてばかりで。

ここの医者じゃ、ない?

じゃあ、なんでずっとここにいるんだろう。
…ずっと、おれのところに、くるんだろう。

「私は、その一日で受け持った患者については自分の責任の元に皆平等にその後の経過観察をしておりますが。彼もその中の一人です。」
「ですがっ…」
「…まあ、彼だけ、特別扱いしていることは否めませんが、ね。何せ私は彼を愛していますから。愛する人のそばにいたい、というのは至極当然の事でしょう?それをあなたに咎められるいわれはありません。それともなんですか?私が彼を愛していてはあなたに不都合でもあるんですか?」


先生の言葉に驚いたのは俺だけではないはずだ。

今、なんつった?俺を?先生が、なんだって?

「…っ、あり、ます!私、私だって、あなたが好きです!あなたがこちらに来られたその日に、一目で惹かれて…!あなたのような優秀な方には、私の様に有能な看護師がパートナーとしてはふさわしいはずです!」

看護師の叫びに、俺はもっともだと納得した。俺は、ただの高校生で、平凡な男でなんの特技も特徴もない。先生が、俺を愛してるとか聞いても、男同士だとか嫌悪感よりもなによりも真っ先に浮かんだのは

『なんで俺なんか』

しかない。

「誰が誰に相応しいとか、他人が決めることではないでしょう。ましてや私が『愛している』と言う気持ちをなぜあなたに否定されなければならないんですか?看護師として有能であるというのならば、相手の立場に立ったものの言い方をするべきです。残念ですが、私は私の愛する人を悪く言うような人間を好きになることはありません。」

きっぱりと、断罪するかのごとく言い捨てられたセリフは相手を黙らせるのに十分だったようで看護師はそのまま何も言わず駆けだして行ってしまった。
俺はその場で、うまく考えのまとまらないままにゆっくりと立ち上がる。と同時に、くるりとこちらを振り返った先生と目があった。

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