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目覚ましのアラームを止め、ゆっくりとベッドから起き上がる。
トーストは二枚、サラダにベーコンエッグとカフェオレをテーブルに置いて席につき、両手を合わせて食事を始めた。
キレイに食べ終えた食器を洗いながら時計を見て、制服に着替える。ネクタイを締める頃にはいつも学校へ向かう時間の15分前で思わず笑みが漏れた。
「…習慣とは怖いものだな」
風紀委員長に任命されてからというもの、名村はいつも誰よりも早く学校へ行っていた。一年続けたそれは二週間休んだところで体に染み付き離れなかったらしい。
あの日、食堂で皆から糾弾され、自室謹慎を余儀なくされた日からちょうど二週間。今日の集会でリコールが決定する。
あの日から、名村は一歩も部屋から出ていない。食事はすべて食材をデリバリーし、授業はパソコンで。電話、メールなど連絡手段は全てシャットダウンした。
名村は、自分の仕事に誇りを持っていた。例え同じ風紀委員の仲間からさえも蔑まれていたとしても、生徒たちを守ることに全てを捧げていた。望んでなった役職ではなかったとしても、自分を信じて後を任せてくれた前風紀委員長を裏切りたくはなかったし、なによりこんな学園でも名村はこの学園が好きだったからだ。
だからこそ、自室謹慎となってすぐに外界との接触を絶った。自分の力が及ばなかったことが悲しすぎて、情け無さすぎて、辛かったから。
それでもふとした時に考えるのはこの学園のこと。
会長の親衛隊長は気は強いけれど無理をして隊員を守ろうとするから自分が危ない目に合っていないだろうかとか、何組の地味でおとなしい生徒はまた絡まれたりしていないだろうかとか、仲良くしていた不良たちはまたたむろして揉めていないかとか、風紀委員たちは意外に突っ走るところがあるから上手く回せているだろうかとか、
…城之内は、どうしているだろうか、とか。
食堂で、自分に対して辛そうに口をつぐんだあの姿が忘れられない。
『あの時あんな風に』、自分は城之内に何をしてしまったのだろう。
あんなにも悲しそうな、辛そうな思いを。
間もなく集会の時間だ。
今まで生徒会や風紀委員長がリコールになったことはない。恐らく自分が初めてとなるだろう。
もしかすると、退学を余儀なくされるかもしれない。
そうなれば、もう城之内と話をする機会など一生来ないだろう。
そうなる前に、最後に話ができればいいのに。傷つけてすまないと、一言謝罪ができれば。
部屋の扉を開け、皆が集まる講堂へと向かった。
講堂の扉を開ければすでに全生徒が席についていた。現れた自分に一斉に千に近い視線が注がれる。まっすぐ正面には、城之内がいた。
ぐっと胸を張り、一礼して一歩進み出す。
名村が壇上へ向かう間、誰一人として声を発することがない。ただゆっくりと歩む名村を皆が視線で追う。
壇上へ上がり、城之内と向かい合う。礼をしようと頭を下げたとき、それよりも下…自分が向けている視線の先に、つまり足元に城之内の後頭部が見える。
なんと、舞台の床に城之内が額をつけていた。
「は…?、え?なに?」
一瞬何がなんだかわからず間抜けな声が出た。それも無理はない、城之内が、あの城之内が自分に向かって土下座しているのだから。
それなのに、回りから叫び声どころか「あ」さえも聞こえない。
なぜだ、どうして誰もなにも言わない。あのカリスマ会長が、学園の皆が嫌い蔑む自分に土下座などしているのに。
そう、土下座だ。なぜ城之内は自分に向かって土下座なんてしているんだ。
「すまなかった!」
すっかり困惑して唖然と立ちすくむ名村に城之内が額を床につけたまま叫ぶ。それはしんとした講堂全体に広く響き、同時にその場にいた生徒たちの空気もなぜかぎゅっと引き締まった気がした。でもそれはなんというか『意外な行動に息を飲む』という感じではなく、『自分たちも同じである』というなんともいえない気まずい引き締まりだ。変わらず城之内は額を床につけたままで、顔を上げる気配がない。
はっとして止めさせようと肩をつかむが城之内はガンとして体を動かさず、名村は困り果ててしまった。
「じ、城之内…どうしたんだ、やめてくれ」
「本当にすまない!俺は、俺は取り返しのつかないことばかりしてしまった。
お前に…お前が、どれだけ学園の為に動いていたのか、俺たちは正しい目で見ることもせず自分達の思い込みと偏見でなんの罪もないお前をただ一人追い込んで…こんなことぐらいで許されるとは思ってはいない。これは俺のただの自己満足だと思ってくれてもいい。すまない!」
ただ謝罪を繰り返す城之内を自分ではどうしていいかわからず、そばにいる他の役員たちへ助けの目を向ける。だが、役員たちは皆泣きそうに顔を歪めており、会計と書記に至ってはすでに泣いている。しかも、それは自分たちの会長が土下座をしているからというわけではなく明らかに名村に向けてのものでますます名村はどうしていいかわからなくなってしまった。
「じ、城之内…お前が謝ることじゃない。なぜお前は謝っているんだ。謝るなら俺だろう。ずっと…ずっと気にかかっていたんだ。俺は何かお前にひどいことをしてしまったんだろう?」
「違う!」
顔を上げた城之内は、全く見たことがなく。いつも自信に満ちあふれていたその顔はまるで悪いことをして叱られた子供のようだった。
「…お前が自室謹慎になってから、すぐだ…」
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