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困惑するルイ君の手を引いたまま連れてきたのはオレの部屋。玄関に入って鍵を閉めると同時に手を離して向かい合う。掴まれてた腕を少しさすりながら不安げに困惑した瞳で俺を上目づかいに見上げるかわいいチワワちゃんのその姿に胸がぎゅぎゅって痛くなる。
「…ごめんね、ルイくん」
「え…、あ、」
謝罪と同時に、その小さい体をぎゅっと抱き込む。頬に当たるふわふわでさらさらの髪が、甘く香って胸がさらにしびれた。
ルイくんが隊長さんになってからお当番システムはなくなっちゃったし、声をかけてるとどこからか現れて超怒られるし、正直ちょーっとうっとおしかった。
そんな中での、会長からの引き抜きの話。
今なら、なんであんなにいらいらしてたのかわかる。
俺、ルイくんの気を引きたかったんだ。
ほんとにうっとおしいなら、嫌なら除隊させればいい。俺の親衛隊なんだし、その権利は俺にある。
初めて見たときから、すごくかわいいなって思ってたんだ。丸い目をおっきくさせていきいきと俺に話しかける仕草も、一生懸命に追いかけてくる姿も。
お当番システムがなくなっちゃったんなら、ルイくんが俺の相手をしてくれるんだって期待した。だけど、ルイくんは俺にそういう行為どころか軽くその誘いをかける隙さえもくれなかった。
寂しくて、寂しくて、一時の楽しさを求める事をやめられなかった。
それに、そうしてるとルイくんが俺を見てくれるから。追いかけてくれるから、やめられなかった。
会長からの引き抜きがあるって聞いたときも、俺がそんなことばかりをしていたらその話を受けるどころじゃなくなるだろうと思ったんだ。
会長からの話を聞くまで、ルイくんがどう考えているかなんて全く知ろうともしなかった。
全ては、俺のため。
今はいい、だけどこの先社会に出て会社を継ぐことになったとき、ここでしていたことがもしかしたら自分の首を締めることにもなりかねない。注目されるだけの大きな家に生まれた自覚はあっても、その責任が全くなかった。
注目されるってことは、いろんな人から見られるってこと。
それは今だけじゃなく、過去から現在、未来へとずっと繋がっていく。芸能人がよく過去の話を暴露されて大変なことになったりするのは、大きな会社を持つ俺たちにだって起こりうる。
それに…、人からの好意だって、もらえて当たり前だなんて思っていた。欲のために俺に好意を向ける人間のなかには、本気の子だっていただろう。人からもらう好意は自分の好きに使っていいなんて、どうしてそんな風に思ってたんだろう。
そんな、人からの好意に甘えてその中を自由に動く俺を見て、あの子達はどんな気分だったんだろう。それが俺だなんて諦めたりしてたかもしれない。悲しんでいたかもしれない。
俺、ルイくんが俺以外を追いかけたりしたらやだもん。俺以外をお世話したりしたらやだもん。
今ならわかる。
俺にとってはたくさんのかわいい子達の一人でも、彼らにとって俺はただ一人なんだ。
俺の中のルイくんがただ一人のように。
「…ルイくんが好きだよ」
抱き締めながら告白すれば、ルイくんが息を飲んだのがわかった。緩く首を振って俺の体を押して離れようとするのを更に離すまいと拘束する。
「ルイくん、好き。好きだ。ごめんね、ごめんなさい。今までいっぱいいっぱい迷惑かけてごめんね?ひどいことも言って、ごめんなさい。会長から聞いたよ。ルイくん、俺のためにものすごく頑張ってくれてたんだよね?俺の素行のせいで俺に傷がつかないようにって考えてくれてたんだよね?俺ね、バカだからそんなの気付かなかった。
会長にルイくんが取られちゃうって焦って、遊びまくればルイくんが会長なんかのとこに行く余裕もなくなるじゃんって思ってたんだ」
「…栄さま…」
「俺、頑張るから。これから、ちゃんとする。ルイくんにずっとずっとそばにいてもらえるように、あんなやり方しないから、だから…俺の恋人になってくれる…?」
最後の方は少し声が震えた。本気の思いを伝えるのって、すごくこわいんだ。
今まで『抱いてください』って震えながら言ってくる子達の事、緊張しててかわいいなって軽く思ってたけど違うんだ。
彼らの中には、こうして本気で思いを告げてくれてた子もいたんだろうな。
「…いいんですか?前の隊長なら、喜んで規律を戻してくれますよ?」
「…誰でもいいわけじゃないよ」
「…僕は、不特定多数の方をお相手にするような方はお断りです」
「もうしないよ」
「今まで相手をしてきた子達はそうは思わないかも知れないでしょう」
「ちゃんと皆に言うよ。本気で好きな人ができたからって。ごめんなさいって」
「…僕はね、栄さま」
ずっとずっと、あなたが好きでした。あなたの為なら命だって惜しくない。初めてあなたとお会いしたとき、なんてあたたかい日溜まりのような、タンポポみたいな人だなんて思いました。
でも、あなたは綿毛のようにいつもふわふわ、風のむくまま気のむくまま、たくさんたくさん飛んでいく。
「好きだから、悲しかった。自分の声でさえも受けた風にして飛んでいくあなたをどうやったら捕まえられるんだろうって。ただ、がむしゃらにあなたを追いかけるしかできなかった。でも…」
うるりと潤んだ目を向けられてどきりとする。最強にかわいいルイくんにかあっと顔に熱が集まった。
「もう、追いかけなくてもいいんですね?」
「…!もちろんだよ!綿毛だって、ちゃんと最後は花を咲かせるために地面に落ちて根をはるんだ。俺はルイくんを自分の花を咲かせる場所にしたい」
「…っ、栄さま、好きです…!」
「ルイくん!」
涙を潤ませて、笑顔で気持ちを返してくれたルイくんをぎゅっと抱き締める。
ぽかぽか、じわじわ、胸んなかがものすごくあったかい。やっと手にいれた。一番欲しかったもの。
「ん…、ぅ、」
互いに気持ちを通じあえた俺はそのままルイくんにそっと触れるだけのキスをした。
離れたあと、恥ずかしそうに目を細めて微笑むルイくんにもう一度キス。
幾度か繰り返してるうちに、段々、長く深いものに変わり、キスをしながら俺はルイくんを抱き上げて寝室のベッドに連れていった。
キスしながらルイくんに触れる手が緊張で震える。
たくさんいろんな子を抱いてきたけど、こんなにドキドキすることなんてなかった。
好きな人を抱くって、気持ちがこんなに高ぶるんだなあ。
キスを繰り返しながら、そっとルイくんの肩を押す。
「…あれ?」
と、ふいに下に見下ろしていたはずのルイくんの顔が上にあって、にっこりと凶悪なほどかわいい笑みを浮かべたルイくんに何故か頭の中で警鐘がなった。
「あ、あの、ルイさん?」
「…栄さま、ぼくはね、」
つつ、と指先で喉元をくすぐられて思わず軽くのけぞる。い、今までも積極的な受け子ちゃんたちはいたけど、なんていうか、ルイくんはすげえ妖艶。
ごくり、と喉をならす俺を見てとても楽しそうに目を細め、喉元をくすぐっていた指をいたずらにシャツの上に這わせる。
「る、ルイく、」
「あなたがたくさんのかわいい子を抱くのを、あなたのためだけに止めさせようとしてたわけじゃないんです。そんないい子じゃなく、自分のため…自分がそれに嫉妬して苦しくて、止めていた部分もあるんです。だから」
「ひっ!」
ぎゅっと急に乳首をつままれて、上ずった声が出る。
あれ、なんか。なんかヤバくないですか、これ。
「もう二度と、他の子なんて抱けないように、ちゃあんと躾てあげますから、ね?」
にっこり、と花が咲くように笑ったけど、食虫植物に見えた。
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