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10

「何の用だ」
「せっかく訪ねてきた弟にずいぶん冷たい物言いだな、兄上よ」


応接室に行くとソファにふんぞり返りにやにやと笑う弟、イアンにうっとおしそうに問いかける。使用人の用意したお茶を飲みながら、イアンはリュディガーに袋を差し出した。

「月光草だ。多く必要かと思って採ってきてやったんだ、感謝しろ」

まるでお見通しだとでも言うようににやつくイアンに舌打ちをしてふいと顔を背けながら差し出された袋を受け取り小さく礼を言うとイアンは心底驚いた顔をしてからさも愉快だと言うように笑みを深めた。

「…これだけの用で来たわけではあるまい。あの貴様の伴侶とやらのために犬を奪いに来たのか」
「いや」

苦々しい顔で睨みつけると、イアンはけろりとして否定の言葉を口にした。今度はそれにリュディガーが驚く。

「先ほど言っただろう。私の用事はあくまでそれを届けることだ。あと…」

一息おいて、紅茶を飲み干しイアンが立ち上がる。

「兄上が変わった姿を確認するためにきたのだ。レオンには、そうだな。今はお前の兄は花嫁修行中だとでも言っておこう」
「は…っ!?」

顎に手をやり、わざとらしく考え込む振りをしてにやりとリュディガーにいたずらっぽい笑みを向けると、リュディガーは持っていた紅茶のカップをがちゃんと落とした。


「花嫁、だと…!?きさま、何を世迷い事を…!」

誰が。誰があんな犬を伴侶になどするものか!


怒りに震えるリュディガーに、イアンは肩をすくめておどけたしぐさをした。

「やれやれ。頭の固いご当主はこれだから困る。」
「なんだと!貴様、私を愚弄する気か!」
「兄上よ」

思わずソファから立ち上がって叫ぶも、イアンは全く動じることなく逆に真剣なまなざしを向けることでリュディガーを黙らせた。リュディガーは自分の弟の、初めて見るであろうその真剣なまなざしに視線を外すことも言葉を発することも忘れる。


「先の場所で、兄上はレオンに向かって怒りを向けたな?『あれは私のものだ』と」


そうだ。私が捕まえた犬なのだ。私が捕まえた犬を、私の物だと言って何が悪い。



「その執着を、人の世では『愛』と呼ぶのだ」



そう言うと、イアンはばさりとマントを翻して屋敷を後にした。

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