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――――ちょちょちょ、待って!物申す!
晴海は喉元まで出かかった声を抑え、中途半端にあがった手をわきわきとやり場なく動かした。
――この人、絶対わざとだよ!
そんな晴海を見て意地悪くにやりと笑う紫堂に、晴海は心の汗を流した。
「紫音、学校はどうだ?楽しいか?」
「うん。あのね、あのね。お、お友達、たくさんできたよ。晴海先輩とね、滝内先輩とね、りーちゃんのおかげなんだよ。俺、今すごく学校楽しいよ。」
「…そうか。」
紫音の言葉に一言だけ返した紫堂を見て、晴海は『あ…』と思った。
この人、全部知っているんだ。
紫音ちゃんが、梨音ちゃんのためにしていたことを。
たった一言だが、その言葉を発した紫堂の顔は、でれでれした顔でもなんでもなく。心の底から、安堵した顔だった。
やっぱり父親なんだなあ…と尊敬したまなざしを贈ると、一瞬ちらりと晴海を見て紫堂はにやりと笑った。
そして、
「しーたんはお友達たくさんできたのかあー!うんうん、こぉんなかわいいしーたんを、皆嫌いになるわけないもんなああ!」
「わ、お、お父さんっ、」
「…!(わ゛あああああ!)」
膝の上の紫音をぎゅうぎゅう抱きしめ、頭をぐりぐりと撫でながらほっぺたにちゅっちゅとキスをし出したのだ。
真っ赤になって恥ずかしがる紫音と対照的に真っ青になって口をぱくぱくさせる晴海。
『パパ、しーちゃんだけずるいー!』
とちょっと拗ねたように紫堂にくっつく梨音に同じように克也が顔を青くする。
「こぉら、パパ。だめでしょう?ほら、紫音を離してあげなさい。」
そんなちょっとしたカオスな空間を収めたのは、お茶とお菓子をワゴンに乗せて現れた双子の母だった。
「パパったら。いくらかわいい息子たちが大事な人を連れてきてくやしいからって、意地悪しちゃだめでしょう?ほら、紫音。あなたのお席はこっちよ。梨音もね。」
「ああっ!しーたん!りーたん!」
「パパ」
双子の手をそっと引き立ち上がらせ、それぞれを克也と晴海の隣に座らせる母の後ろから情けない声を出す紫堂を母がぴしゃりと遮る。
「パパの隣は、私でしょう?」
「!そうです!」
…すげえ…
にこりと笑い、そっと紫堂の鼻先に指を当ててそう言うと紫堂はしゃんと背中を伸ばして即答した。そんな両親の様子を見て、梨音は母親に似たにちがいない、と克也は紫堂に自分の姿を見た。
「先輩、僕たちのママの梨亜ママだよ!美人でしょ!」
「ふふ、梨音ったら。初めまして、二人の母です。ようこそいらっしゃい。ごめんなさいね、うちのパパの我が儘でいきなりうちにきてもらって…。お二人のご両親は怒ってらっしゃらないかしら?」
「あ、大丈夫です。」
お茶とお菓子を並べながらにこにこと挨拶をする二人の母は紫堂とは違いとても物腰がやわらかく、小柄で高校生の子供がいるようにはとても見えないほど若々しい。とても愛らしい顔立ちで、梨音によく似ている。
完璧に遺伝子が分かれたなあ、などとぼんやり梨亜を見ていた克也の太ももを梨音がつねった。
「い、いた!なんだ、梨音…くん?」
いつものように名を呼び捨てにしようとして目の前から射るような視線を感じ慌てて克也が『くん』をつける。
「先輩、ママがかわいいからって見とれてたでしょ。だめだもん。ママは、パパのなんだもん!」
ヤキモチなんだろうか。ちょっと拗ねたようにぷくぷくと頬を膨らます梨音にでれりと眉を下げる克也に対して、向かいの紫堂はぎりぎりと悔しそうにアメを噛み締めてバキンと割った。
「さあさあ、お茶にしましょう。あなたたちの学校のお話を聞かせてちょうだい?」
それぞれの前にお茶が置かれ、母の言葉で和やかにお茶会が始まった。
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