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A sort of homecoming



バンシーと書かれた古びた看板を横目で見た。聞き慣れない、独特な名前だと改めて思った。確かバンシーとは、人の死を嘆く妖精の事だったように思う。姉が死んだ時は、その妖精は嘆いてはくれなかったが──サラはサイドミラーを見た。この道と国道は繋がっているのに、一台も車が走っていない。サラは運転席の窓を少し開けた。植物の瑞々しい香りが漂っていた。土や水、太陽の匂いも感じる。この土地だけ、時間の流れが止まっているように思えた。すると、車道の端を沿うように歩く青年の後ろ姿が見えた。真っ白のシャツに黒のズボン、そして麦藁帽子。今にも倒れそうな痩せ細った体躯が、とぼとぼと歩いている。サラはハンドルを握る手に力を込め、その青年が向かう方向へと車を走らせた。彼等の集落、我々一族が昔から住んでいる所は直ぐに姿を現した。
恐らくこの町に入った瞬間から、彼に連絡が行っていたのだろう。一台の高級車の傍に立っていたのはカイ・プロクターであった。眉間に深い皺を寄せ、此方を見ている。あの日から約半年が経っていた。左腕不随により目まぐるしく環境が変わり、酷く悄然とした月日であった。カイの姿を見て、あの日の事は夢ではなかったのだと思った。サラは路肩に車を停車し、エンジンを切った。広がる畑の向こうには、小さな白色の家々が間隔を空けて建っている。しかしその中に一つだけ真っ黒な家があった。恐らく雷が落ち、炎上したのだろう。アーミッシュは雷を神の怒りであると考え、避雷針を立てそれを避ける事は神への反抗と見做す。外で働くのは男という掟があり、畑を耕しているのは顎髭を生やした成人が殆どであった。一方で、中で働くのは女であり、此処からは彼女達を見付ける事は出来なかった。男は帽子、女は薄い布を頭に被り、みな絵に描いたように同じ服装である。個人を引き立たせる事柄や物を禁じている為、何かを所有する事は出来ない。サラは聖書以外の本を十代半ばまで読んだ事はなかったし、賛美歌以外の歌を聞いた事もなかった。すると道路の隅を走るスピードの遅い、屋根付きの一頭立て馬車がサラの車を追い越した。それを操縦していた大人と眼が合った。その男の帽子の影には怪訝な表情が見えた。此処を出たのはもう何年も前であるのに、何一つ変わらない。その異常とも言える風景が、サラに一種の恐怖を抱かせた。家族や伝統の言いなりであった幼少期を思い出し、サラは深い吐息を出した。嘔吐しそうなくらいに嫌悪で心臓が震えた。サラはカークの姿を瞳の奥に思い浮かべた。彼の為ならば自分は幾らでも強くなれる気がしていた。だがそれはもう過去の話であり、カークの残像は虚しくも、その瞳の中で消えてなくなった。