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If you have ghosts



*The silhouetteの直後

サラは肌寒さに眼を覚ました。天井に設置された蛍光灯の人工的な光が、半ば無理矢理に自分の瞳から脳の中へと入った。居心地の悪いそれに頭の中を掻き混ぜられるような、ゆっくりとした目眩を感じた。身体にある深い倦怠感は幾ら眠っても取れない。サラは再びこの地に立ち、大学で教鞭を取り、ライフルを用いて仕事をする光景を、この先の事を、微塵も想像する事が出来なかった。このまま死ぬのではないだろうか。そう心から思った途端、図ったように左肩が鋭い疼痛に襲われた。思わず看護師を呼びたくなったが、呼び出し機には手を出さなかった。サラは自由の効く右手で額から首筋に触れた。シャワーを浴びたように汗をかいていた。確か、夢を見ていた。それは随分と昔の夢であった。自分が生まれた土地での、絶縁した両親との──思い出そうとすればする程、消えてなくなる記憶であるのに、夢の中では明瞭に描かれてあった。サラは顔を上げ、病室窓から外を見た。昼間程の人通りはなく、夕方か夜中だという事が分かった。昔の事など思い出したくもない、早く此処から出たい。早く此処から出て、忙しい日々を送りたい。死ぬなら早く死にたい──そう思った時、視線を注いでいた廊下を一人の男が通った。下ろし立ての白シャツ、汚れのない漆黒の背広。色素の薄い髪色に日に焼けていない白い肌、そして透き通った青色の虹彩。蛍光灯の光で照らされた顔は益々青白く、血行が悪く見えた。だがそれと対照的に、風を切るように歩く姿。その姿からは底知れぬ自信と威圧さが滲み出ていた。その男と視線が合った途端、サラの意識は呼び出し機に集中したが、それとほぼ同時に病室の扉が開いた。
「酷い有り様だな」
自分に冷たい視線を注ぐ彼は、過去の自分が良く知る人物であった。記憶の中にある彼の姿とは似ても似つかないものであったが間違いなく、目の前にいる男は”彼”であった。サラの頭の中には彼の名前が思い起こされたが、それを口に出す事はなかった。
「入口にこれがあった」
手に持っていた小さな花束をカイはサラの足元へと放り投げた。乾いた音と共にベッドの上で可憐な花々が揺れた。鮮やかな色を持ち、花本来の魅力を発揮しているそれは、死んだように、横たわっている。だがそれはサラの陥没した心の中に暖かなものを生じさせた。拾い上げたかったが、身体は痛みに動く事が出来ない。
「誰に雇われた?」
カイが足音を立てずにベッドへと近寄った。そのゆったりとした動きには、彼が隠している憤怒と蹂躙さが見て取れた。カイ・プロクターは自分が忘れようとしている記憶そのもののように思え、サラは灰色に沈む眼を伏せた。全てから遠く離れたつもりであった。だが彼は、この自分を見付け出したのだ。
「まあいい」
カイは傍のテーブルの上にあるもう一つの花束を見た。そしてその鋭い視線をサラへと戻した。
「君の父親が危篤だ。町へ戻れ」
「戻っても、私は歓迎されない」
サラは青色の双眸を見た。しかしその生意気で美しい目は燃えるような目をしていた。自分を焼き尽くさんばかりの何かが其処には秘められていた。しかしそれが何か、サラには読み取る事が出来なかった。
「バンシーへ戻れ。良いな?」
その強い一瞥からサラは視線を外した。この事を、夢で見たのだと思った。