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Hold infinity in the palm of your hand, and eternity in an hour



*ドレスローザ

そなたの顔を見ていると、底から溢れ出ている力を感じ、凡ゆる美徳が己の内に増大して行くのを感じる。そなたの前だと一層賢く慎重になり、必要とあれば腕力さえ一層強くなるように思う。また、そなたに見られていると負けてはならない、先を越されてはならないという恥じる思いが己の勇気を奮起させ、更にその勇気を諸々の美徳と一体ならしめるのだ──錦えもんは武装色の覇気をその身体隅々にまで纏い、その猛威を揮った。そして、傍にいるサラの精神や健康状態をその身で感じ取った。恐らくその顔や身体には幾つもの傷が刻まれ、体力も相当削られている事だろう。この島に上陸し、七武海とその幹部との決戦、挙げ句の果てにはその七武海の能力で島に閉じ込められるという、一人の女子が出会う運命にはとても不憫に思えた。錦えもんはサラに対し、何故海賊なんぞやっているのだと説教したくなったが思い留まった。このような場所で、あの娘が死ぬような事など己には耐えられない。モモの助を守る為、そしてサラを守る為に錦えもんは地に立つ脚に力を入れた。そなたは何もしなくても良い。海賊などやめて、生きて幸せになればそれで良いのではないか。こんな血生臭く末恐ろしい世界など、本来、そなたには無縁であるのに──愛故の見えぬ力が錦えもんの技倆を更に光らせた。

辺り一面に散った巨大な瓦礫。それらに囲まれた中で見たのは、徐々に消え行くあの頑丈な白い糸であった。錦えもんは無限に広がる青空の眩しさに目を細め、そして辺りを見渡した。己と同じようにその景色を見上げているサラの姿を見つけると、錦えもんは彼女へと足を早めた。怪我がないか、この目で確かめたかった。錦えもんが傍で立ち止まった時、先にサラが口を開いた。
「どうしてあの時、私の後をつけたんですか?」
ドレスローザに着くと、錦えもんはサラの目につかない距離を保ちながら尾行したのであった。だがそれも直ぐに失敗したのだが。
「後をつけたとは?」
錦えもんは言葉に詰まった。訳を言うと、また彼女に嫌われると確信したからである。彼の薄い着物の下には冷や汗が流れた。だが振り返ったサラの深緑色の眼には悪戯な眼差しがあった。それは錦えもんがとても好きな表情であった。
「し、心外にござる。拙者はただ、」
サラは思わず顔を綻ばせた。自分より年上のサムライが、こんな娘を相手に狼狽えている。
「お主は賞金首。幾ら変装していたとしても、たった一人で出歩くには危険過ぎると思った故……だが、」
視線が合った。互いに外さず、眼を見詰め合った。だが、それと殆ど同時に、彼の顔は俄かに真面目な、気がかりげな表情をした。つと悲しみの影が差したようにも見え、それがサラを驚かせた。彼女は今まで錦えもんのそんな顔を見た事はなかったし、想像した事もなかった。
「無事で何より」
サラは眼を微かに見開いた。この人は私を守ってくれていたのだ。なにも今日だけではない。今の今まで、この人は私の傍で、その腕で。
「当たり前じゃないですか。私は、海賊王になる男の仲間ですよ」
澄み渡った、厳かな声でサラはそっと微笑した。彼女の一瞥の強い魅力の前には、何ものも敵うものはないのだ。錦えもんにはそう思われた。
「女子は……そなたのように、強くあらねばな」
サラの生命が持つ一本の鉄の弦が、若々しく振動しているのを錦えもんは見て取った。何者もそれに触れる事は出来ず、ただそれは彼女を人間たらしめ、彼女の魂を善いものとしているのだ。
「立てるか」
差し伸ばされ、大きく開かれた彼の傷一つない優しい手。だが彼に触れるということが、無上に恐ろしい。彼の魂、彼を生き長らえさせている魂が、すぐ近くにある。すぐ近くに、確かに存在する。
「ありがとうございます」
サラはその手を取った。迷いなく、自分の傷だらけの手でその手を掴んだ。軽々と地面から立ち上がり、サラは錦えもんの顔を見上げた。だが彼は咄嗟に視線を外した。そして触れた手もサラから離れ、腰に差している鞘に添えられた。
「みなの元へ参ろう」
錦えもんはそう言って一歩を踏み出した。サラもゆっくりと歩く彼に続いた。背の高い錦えもんがサラの右側にいる。こうして並んで歩いたのは初めてであった。いつも彼は、女子は三歩後ろを歩くようにと言っていた。このまま、彼の傍にいる事が出来たら。このように彼が自分の隣を歩いてくれたら、どんなに嬉しく幸せだろうか。私は、この人を好きになってはいけなかった。何故私は、この人に出会ったのだろうか。こんなにも世界は広く、生きている人間など五万といるのに。何故彼だけを──私は彼の男気や優しさに、彼を愛するようになったのだろうか。果たして、そうだろうか。そんな人は他に幾らでもいる。彼より優しく正義感に溢れた人は他にも──サラは先程見た、悲しみの影が差した錦えもんの表情を思い起こした。彼だから、愛したのだろう。理屈ではないのだ。まだ若いサラには、その事が、死ぬ事よりも辛く思えた。