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Some to misery are born, some are born to sweet delight



外は今も尚、強い雨が降っていた。朝から降り続けている雨で、歩道の傍にある溝には雨水が勢い良く流れている。風も吹き始め横殴りになっており、既にサラの服の色を濃くしていた。ここまでになると傘は何の役にも立たなくなるが、タクシーを捕まえるには大通りまで出なければならない。雨だけならまだしも風まで吹かれるのは勘弁して欲しい。研究室の中で、これらが止むまで待とうか。だが早く帰って休みたい。途端、サイレンが遠くから聞こえた。確かこの音は救急車である。サラはその方向を見た。誰か怪我をしたのだろうか──基地から出て来たその救急車は、有ろう事か雨宿りをしている自分の前で停車した。そしてゆっくり助手席のドアが開いた。中には誰も乗ってはいなかった。
「ラチェット?」
「暴風警報が出ている」
オートボットである彼がこの自分を車に乗せてくれる。サラは呆気に取られ、その場に佇立した。
「……早く乗りたまえ」
ラチェットの不機嫌そうな声。
「ありがとうございます」
サラは慌てて乗り込んだ。雨で濡れた薄手のコートを気にしながらシートベルトをした。すると車は緩やかに発進し、基地を出た。雨が強く地面に打ち付ける音や鳴っていたサイレンの音は聞こえず、車内はとても静かであった。サラは助手席の窓から外を眺めた。 車高の高さと、何より彼が運転する車に乗っているという高揚もあって、通勤の為に毎日通っている道や風景が全く違うものに見えた。先程まで感じていた重々しい疲労も、今は軽快に感じた。救急車の内装は至って普通の車と変わらなかった。だが独りでに動くハンドルの中央には彼等のトレードマークが印されてあった。
「私、運転席に移動した方が良いですか?無人だと、何か怪しまれませんか?」
すると、運転席にヒューマンモードのラチェットが映し出された。見慣れた姿が其処に実在するかのように明瞭であった。サラは思わずラチェットの持つ端正な横顔に見入り、言葉を失った。
「人間は小さな事を気にする」
誰も気にはしない、と正面を向いているラチェットは僅かに目を細めた。それに応えるように、サラも小さく笑った。夜な夜な二人で、人目につかないよう抜け出しているようであった。

「ありがとうございました。助かりました」
「風が強い。早く中へ」
「はい、また明日」
そう言ってサラは家の方へと駆け出した。小さな身体が軽い足取りで自分から離れて行く。玄関の扉を開け中に入る際、笑顔を浮かべたサラがラチェットに小さく手を振った。おやすみ、また明日。今日も疲れているだろうから、ゆっくり眠ると良い。ラチェットにはその扉が、彼女と自分とを隔てる物のように感じた。決して越えられない定めであるという風に──如何にも寂しそうな、と同時に如何にも優しい微笑を浮かべながら、ラチェットはつい先程見たサラの表情を思い起こした。明日も彼女と会える。そう思うと何だか不思議な気持ちになった。彼女は良い人間だと思う。気さくで偏見を持たず、何より謹厳だ。彼女は、信頼出来る。暴力的な人間達とは違って、優しさを感じる。
必ず死ななければならない人間にとっての一日というのは、何と儚いものか。このような一日を繰り返す内に老い、そしていつかは寿命で死ぬ。途中、事故や病気で止むを得ず死ぬ場合もある。彼女が生きているという事は、奇跡に近いのではないか──たった今開いた花のような美しさに満ちた娘であるのに、もう直ぐ死ななければならないのだ。ラチェットの真空色の双眸は、その暗い夜空にすわった。