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Settler’s paradise



カークはサラの部屋に足を踏み入れた。その部屋は一人で住むには十分な広さがあったが、酷く殺風景な部屋であった。キッチンには最低限の物しか置いておらず、綺麗にベッドメイキングされたその周りには本が無造作に積まれてあった。机の上には読み掛けの本が数冊あり、その傍には子供が描いたような絵が束になって置いてあった。今も変わらず、あの刑務所に通い続けているらしかった。ペン立ての隣には、小さな車の模型があった。カークはそれを手に取り見詰めた。それは間違いなく、あの黒塗りのスポーツカーであった。彼女自身を何処となく表していたその車は、今はもうない。カークはその車に乗り、短かなドライブをした事を思い起こした。

サラは腰から拳銃を抜き取った。そっと引き金を引き、扉を静かに開けた。右手だけで、敵の頭に命中するよう真っ直ぐ構えた。
「サラ」
だがその腕は、たった一つの音で大きく揺らいだ。彼女の懐奥深くに、懐かしい彼の声が鳴り渡った。
「サラ、」
カークの声には力強さがあったが、ただ僅かに震えていた。サラは拳銃をキッチンテーブルの上に置き、彼のいる部屋へと近付いた。
「君に会いにきた」
青色の澄んだ水晶宛らの双眸が、真摯さと慈愛と共にサラだけを見詰めていた。あの日から何も変わらぬカークが、其処にはいた。異常な幸福は実現された。しかも平凡に、何の騒ぎもなく、華々しい輝きも前兆もなく、突然に実現されたのである。
「組織から抜けた私を、何故殺さなかったのですか」
「君には人生がある。普通の、幸せな人生が」
サラが持つ、柔らかな宝石の瞳。
「てっきり君は、あの男と一緒になっているかと」
「……そんな事、私には出来ません」
ダイヤモンドのように輝く明眸が、カークの青色をとらえた。
「だって貴方は、私を愛しているから」
カークはその優婉な声に、そっと目蓋を閉じた。サラ、君の存在が、巡りの遅いこの数年もの間、この私の目を開かせてくれたという訳なのだ。サラ、私はこの世に君以外に何もない。君というものがあればこそ、私は生きもし、苦しみもし、また幸福にもなれるのだ──カークは椅子から立ち上がり、彼女に歩み寄った。彼の胸の中で、心臓がゆっくりと、緊張した鼓動を始めたことを、サラは見て取った。そしてカークの逞しい両腕が、昂然とした厚い胸が、サラを抱き締めた。途端、サラの灰色の瞳から大粒の涙が溢れた。彼女の心は彼に触れる事によって張り裂けてしまったのだった。幸福に満ちた人生というのは、彼と共に、この先に存在する。胸は空気を吸っているのではなくて、何かしら永遠に若々しい力と、悦びを呼吸しているように思われた──あの懐かしい過ぎた時を、私の心の全てが君に注がれた時を、私が忘れたことはないのだ。二人の生命の力を「時」が奪って、君と私が、世にいなくなる日まで。その日まで……。

Cautious Clay - Settler’s Paradise