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Forever is in your eyes



頭後方に撫で付けられた、白色に近い薄黄緑色の髪。露出した米神からは少量の赤色の髪が生えている。背筋には真っ直ぐな鋼が入っているかのように、恐ろしく正しい姿勢で本を読んでいる。その彼がサラの立てた物音に気付き、緩やかに此方を向いた。彼の持つ天色の双眸は隻眼であり、氷の刃宛らの怜悧さと独特の粛然さを放っている。その異常な沈着さが人間の外見年齢に反映され、オプティマス・プライムよりもやや年上に見える。聡明な眉の影に、深く鋭く刻まれた切れ長の目。筋の通った高い鼻や痩けた頬は、その直ぐ内にある機械に隙間なく貼り付いており、神経質な印象を与える。それは優しさや陽気さ皆無の、人間に冷徹さを感じさせる如是相であった。
「もう殆ど、人間ですね」
サラはラチェットが基地に来てからの顔見知りであった。基地の研究室で働いており、器量とお人好しな性格を上司に利用され、オートボットの維持・保守と武器の開発・改良に携わっている。金属生命体に対し、彼女は特に怯える様子もなく、寧ろ彼等に対し優しい眼差しを注ぎながら夜遅くまで仕事をした。その美しい深緑色の眼の中で溶け合っている崇厳と謙抑の表情は、ラチェットに人間の持つ高尚さや清らかさを感じさせた。
「君達の言う、『郷に入っては郷に従え』、だ」
仕方なくだ、とそう言いたげにラチェットは目を伏せた。そんな彼だが、ヒューマンモードでいる時間は他のオートボットよりも長い。基地で見る彼はいつも人間であり、人間らしい行動や言動をするように意識しているように思う。人間が生活する上で使用する物、例えばペンやパソコン、車や物の手入れなどもラチェットだけは難なくこなしていた。だが本物の人間とは最低限の関わりしか持たず、異質さを見せず周りに溶け込み、人間の中に隠れているようであった。保守的な心理から、そのような顔立ちになったのかも知れない。
「疲れませんか?」
「エネルギーの消費は激しいが、その内に慣れる」
元の大きさだと、人間の大きさに合わせて作られた世界の構造には苦労する。この姿で街に出ても、写真を撮られたり警察を呼ばれたりされる事はなくなった。出来る限り穏やかに過ごしたい、この地球を離れるまでは。ラチェット含めオートボットは地球に留まり、人間との同盟を締結した。だがこの地球が、自分とは何も関係がない星だという事を未だ拭い切れない。見渡せば人間、人間、人間ばかりである。何万年生きようと、ラチェットは一種の細やかな恐怖を感じざるを得なかった。しかし、そんな中でも少なからず得たものがあった。それ程日数が経っていないのにも関わらず、オートボット以外で仲間と呼べる人間が出来たのである。主にこの基地で働く人間達や、この国を守る軍人達であるが、ラチェットには救いであった。生まれて初めて見るであろう異星から来た生命体を、一つの屋根の下で生活させるという神経は疑うが、少数派である自分達に居場所と仕事を与えてくれた。共に戦った軍人達は自分を一人の人間のように名前を呼び、人間と同じように接してくれている。中には自分達に対して批判的な考えを持っている人間もいるが、ラチェットは彼なりに恩返しのつもりで働いた。この長い寿命の中で、ある程度の日数を重ねると死ななければならない彼等と過ごしてみるのも悪くない、と思うようになった。それは目の前にいる、彼女もその内の一人である。
「摂取や排泄はどうです?」
「ヒューマンモードでは中々難しいな。まあ、しなくとも支障はない」
椅子に座っているラチェットは、サラを見上げる形となった。だが彼女が今見ているのは、自分の髪であった。
「いつ見ても、綺麗な髪ですね」
そう言って、ラチェットの髪を見詰めた。これも細かな金属の為、人間の髪のように柔らかくはなく、風に靡いたりはしない。
「……車の色が、どうしても出てしまうのだ」
ラチェットはこの髪の色が余り気に入ってはいなかった。彼女の艶のある漆黒の髪のように、落ち着いた色が出るように何度も設計したのにも関わらず薄黄緑と赤が出た。しかし、髪色の為に車種を変えるのも納得がいかなかった為、放置していた。まるで髪染めに失敗したティーンエイジャーみたいだと自分で自分の髪を馬鹿にしていた。
「良いじゃないですか。それを個性って言うんです」
一方で、サラはこの髪色を気に入っていたらしい。この髪は自分の汚点だと思うラチェットに対し、瞳を輝かせながら「凄く似合ってますよ。バッチリです」と励ました。ラチェットは彼女の一瞥の強い眼差しに居た堪れなくなり、その瞳から視線を外した。
「──もうこんな時間だ」
「!本当だ。私、帰りますね」
「ああ」
部屋を出る際に、サラは少し振り返って彼を見た。整理された机に広げられた本を眺める彼の後ろ姿には、あの巨大で、屈強な元の姿の面影一つ感じられない。人間よりも頑丈で、スパークさえ壊されない限り生き続ける事が出来、人間の知性や技術を遥かに凌ぐ生命体。我々人間は常に死と隣り合わせで生きているが、彼等は死とは遠く離れたところに存在する。しかし、彼等は中々死なないように見えるが、サラには彼等がいとも簡単に死にそうに思えた。君達人間には知らないもの──”永遠”を知っていると言わんばかりのその天色の眸にサラが見たものは、悵然と惨憺と、”永遠”を見る筈だったのにという忿懣であった。
人間は必ず睡眠を取る。殆ど誰もいない、夜から朝にかけてのこの時間が、ラチェットを無上に虚しくさせた。一人になると故郷の事を考える。キューブを探す長い旅はこの星で終わった。もう故郷を見る事も救う事もない。ラチェットは暗いパソコンの画面に映る自分の顔を見た。自分が生まれた美しい星は、もうないのだ。その悔しさや辛さを、この仮面宛らの顔が助長していくように感じた。

Troye Sivan - What a Heavenly Way to Die